前回、田村大元神社を参拝しましたが、三春町に行ったのは参拝だけが目的ではなく、別の二つの目的がありました。

ブログには書きませんでしたが、月に一度は行っていました。
一つはグルメンチ。

もう一つの目的が、スタンプラリー。

このスタンプラリーのキャラクターは「愛姫」
愛姫(めごひめ)は、どんな人物だったか?

愛姫

永禄11年(1568年)三春城(現在の城山公園)で愛らしい女の子が誕生し、「愛」と名付けられました。「愛姫」の誕生です。愛姫は戦国大名である三春城主田村清顕公の娘で、天正7年(1579年)に数え年12歳で伊達家に嫁ぎ、伊達政宗公の正室になった人物です。

愛姫は、米沢城の伊達政宗公に嫁いだのち、時の政権と良好な関係を保つため、京都・大阪・江戸と遠方の地を転々とする人生を送ることとなります。

そのような折であっても、愛姫の伊達家の正室としての気丈で繊細な振る舞いは、時の政権からも一目置かれ、伊達家の正室として丁重な扱いを受け、独眼竜として戦国の世に名を馳せた政宗公の生涯を支えたと言われています。まさに柔と剛を併せ持つ「武家の妻の鑑」と言える人物であったと考えられます。

また、田村家は、愛姫の父清顕の死後、豊臣秀吉により改昜されてしまい、愛姫は、田村家の再興を願い続け、のちに政宗と愛姫の孫が再興を果すこととなります。

齢12歳の小さな体に田村家の存続を背負って、見知らぬ土地に旅立たなければならなかった愛姫。
そして、遠方から政宗公を支え続け、田村家再興を願い続けた先には、私たちが想像できないほどの並々ならぬ想いがあったのではないでしょうか。

「三つ子の魂百まで」ということわざがあります。愛姫の人生を支えた想いの強さは、伊達家に嫁ぐまでの幼少の時期を過ごした三春の地で培われたものであり、今なお、この地で育まれ続けているのかもしれません。
(三春町愛姫物語より)

ん~~~~。

数え年で12歳で嫁いだ...

今年の5月に、三春町歴史民俗資料館で愛姫の木像が公開されました。
撮影禁止のため画像はありませんが、パンフレットがあります。

この木像の前に立った時、すごく穏やかというか...なんと表現したらいいのか...決して嫌な感じはなく、力強くもあり...包み込む?なんていうのか...夜に見ても怖くはない?もし話し掛けてきたとすれば
「よく参られた。」
という感じ...少し低く優しい声で。
(あくまで私個人の感想です。)

愛姫の木像は、宮城県の陽徳院にあります。一般公開はしていません。(私の記憶に間違いなければ)
 
愛姫が誕生して今年(2018年)で450年だそうです。
スタンプラリーでスタンプを集めると...


クリアファイルが貰えます。

スタンプを全て集めるとパーフェクト賞としてなにかが貰えるらしい...全て集めるのに1年かかります。
スタンプ一つでもクリアファイルが貰えます。

こちらは、三春の城址公園。

城址公園からの眺め。幼少の愛姫もこの景色を見たんでしょうか?


では...(走行距離154.6㎞)