東國三社巡りの後に向かったのは、茨城県土浦市にある予科練平和記念館。

私は、8月15日の終戦記念日か少なくとも8月中には、必ず行くことにしています。

戦争を体験していない、戦争を知らないから行くことにしています。


予科練とは...

「海軍飛行予科練習生」及びその制度の略称。第一次大戦以降、航空機の需要が高まり旧海軍が、より若いうちから基礎訓練を行い熟練の搭乗員を多く育てようと、昭和5年に教育を開始。14才半から17才の少年を全国から試験で選抜し、搭乗員としての基礎訓練をするもので、飛行予科練習生制度が始まってから終戦まで、約23万人が入隊。うち約2万4千人が飛行練習生課程を経て戦地へ赴いた。特別攻撃隊として出撃した者も多く、戦死者は1万9千人にのぼった。
(パンフレットから抜粋)

こちらは、
零式艦上戦闘機二一型(零戦)の実物大模型


館内は撮影禁止。

館内は

1入隊

2訓練

3心情

4飛翔

5交流

6窮迫

7特攻

の順でまわります。

入隊することは少年達の憧れだったようです。
憧れだけでなく、軍に入隊すれば給料がもらえて食べ物にも困らないという理由で、入隊した者もいたそうです。

少年達の生活は、今の少年達と変わらないようにも思います。
休日には、仲間達と小遣いを持って饅頭や汁粉、うどんを食べ楽しく過ごし、両親に手紙を書くなどして、休みが終わるとまた厳しい訓練に励みました。

入隊したはじめは基本的な学習をし、航空機の仕組み、モールス信号、手旗信号等を学びました。

次第に航空機の操縦方法に変わり、グライダーの操縦、教官と実機に乗り、一人で操縦できるまでに厳しい訓練を耐えて一人前の搭乗員として、各地の戦地に就いた。

6の窮迫では、実際に空襲の体験をした方の話しや、戦闘機で空中戦を体験した方の話し等を映像で見ることができます。

7の特攻では、出撃直前に両親宛ての手紙や、特攻の映像等があります。

戦況が悪化すると、航空機での体当たり攻撃や、木造のモーターボートに250㎏の爆弾を搭載し敵艦に突撃するもの、一人乗りの潜水艦に爆弾を搭載し敵艦に体当たりするものがありました。

こちらは「回天一型」で、一人乗りの潜水艦で爆弾を搭載して体当たり攻撃をするための、訓練用潜水艦。
ドラマの撮影用に造られ、後に寄贈されたものだそうです。


記念館の隣は、陸上自衛隊武器学校でこちらにも、実際に出撃した搭乗員達の自筆の手紙や、遺品などが展示されている「雄翔館」があります。

自衛隊の施設内ですが無料で入館できます。

手前の像は、山本五十六。

館内は撮影禁止。

館内のパネルに、
特攻で出撃した人達をかわいそうと思わないでください。無駄死にだと思わないでください。彼らが戦ったからこそ今の日本がある。彼らの功績は今の平和な日本です。(私の記憶なのであてにはなりませんが...)

こちらは、雄翔園の慰霊碑。



国思ふ

若人ここに

学びしを

のちに伝えむ

桜花咲けよかし


長々と読んでいただきありがとうございます。

今回はここまで。