大地震の直後、おんちゃんは離れの物置の辺りで、
本家のH男おんちゃんと、その弟さんと、おばあちゃんの4人で
「すごかったなゃあ~」みたいなお喋りをしてたんだって。
そしたら、あれよあれよと言う間に津波が押し寄せて来たそうです。
みんなバラバラに流されました。
おんちゃんは、電線にしがみついている内に今度は電信柱と何かの間に引っかかったそうです。
2時間くらい、津波の中でグルグルしていたところを自衛隊?に助けられたそうです。
一緒に話していたH男おんちゃんや弟さん、おばあちゃんは後日遺体でみつかりました。
なむ、H男おんちゃんに聞きたかったことを聞きそびれたままになっちゃいました。
H男おんちゃんのトコにいた柴犬とにゃんこさんも、流されちゃった。
従兄弟に「おんちゃんとおばちゃんには震災後からどのくらいで会えたの?」って聞いたら、
「おっと~(お父さん)には2日後。おっか~(お母さん)には4日後。」
「そっか・・・。」としか言い様がなかった。
実家の裏のあぜ道。
奥の丘の上にあるのは北上中学校。
綺麗な田んぼがあったんだよ。
振り向くとこの風景。
なむが勝手に「ひょうたん島」って小さい頃から言ってた。
こっちも長閑な田んぼの風景だったの。
ちなみにひょうたん島の向こうが北上川の河口。
北上町は、新北上大橋をはさんで、大川小学校がある町の反対側です。
大川小学校は、全校生徒の4分の3の子供たちが犠牲になってしまった小学校。
新北上大橋も北上町側が崩落しました。
なむの遊び場。
ぱぱの遊び場。
小さな川がちょろりんと流れてました。
この橋の上で、花火をしたり、ほたるを眺めたりしてた。
無免で原チャリの練習をしてたのも遠い昔・・・
ホントに何処まで津波が入ったのか。。。想像を絶するとはまさにこの事。
近所の釣石神社・・・なんだけど。。。
真ん中のでっかい岩が「落ちそうで落ちない岩」で有名だった岩。
受験の神様。
ネットで調べるとすぐ出てくると思いますので、興味があったら見てみてください。
みんな「地震だけなら大したことなかったんだ」って言ってたけど・・・。
岩が落っこちたのは津波じゃないのでは・・・?とか。。。
でも・・・やっぱり津波なのかなぁ・・・?
この後、従兄弟たちの避難先で、ようやくおんちゃん・おばちゃんと再会。
ぱぱが「生きててくれてよかった」って言ったら、
おばちゃんが「死んだ方が良かった・・・」って泣いた。
なむはおばちゃんの肩を抱く事しか出来なかった。
生きててくれて良かった。
心からの言葉だけど、当事者が先のことを考えたら・・・なむだってきっとそう思っただろう。
おばちゃんの実家は北上町と南三陸町の境。
目の前は2車線の道路を挟んですぐ海。
行くといつもバーベキューをしてくれたり、船を出してくれたり。
優しいおじさんとおばさん。
でも、もう会えない。
おばさんは未だ行方不明です。
16時くらいまで居て、その後なむたちは松島へ。
当初、30日の夜出発→1日着→1日夜帰路に→2日着で行こうと思ったんだけど、
いくら交代で運転しても、年寄りと病人(笑)
松島に宿を取り、1泊する事にしたの。
翌日、ちょっと松島の海岸通をウロウロ。
まだまだ傷跡が。
この辺りも結構な高さの津波が来たそうです。
なむの車もまっちろです・・・。
このまま川崎まで走っちゃいました。
なむ、今までの連続運転時間の記録が3時間だったの。
でも帰り、安達太良から4時間ノンストップで帰ってきました!!!
ただ、止まるのが面倒だったのは内緒です(笑)
「来年はリニューアルすっから、バーベキューしていっぺ~飲むっちゃ!!」
「ビールはサーバーでお願いします♪( ̄▽ ̄)ノ" 」
(「なむ、ままの実家へ。」(完))
次回は・・・( ̄m ̄*)








