【前回のこと。】
これは完全なる続き物ですので、前回分が読みたいという奇特な方は、記事テーマから”シリーズ「私」”で探して下さい。
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【小6から。】
平野区で小学校を卒業し、中学へ。
この頃は何かと面白かった。
私が本質的にオタになっていったのはこの頃だろう。
コンプティーク、テクノポリスを毎月購読。
Dungeons&Dragonsもこの頃から。
月ジャン?月マガ?ではルナ先生でしたわ。
まあ、そんな話はどうでもよく。
この平野区の生活も、中学1年まで。
母が「この学区にいたらいい高校に行けない」という理由で引越しを提案。
一家は都島区へ。
実はこの時、同時に別の動きもあった。
①父と母の離婚。
と言っても、父の借金から私や弟を離す為に籍を外すということだった。
実際、そういう説明が両親からあったので、なるほどね、と思った。
②父が愛知県で起業。
理由はよくわからないが、愛知県で一旗あげるとのこと。
父だけ愛知に行くということだった。
というわけで、中学2年の春、母、私、祖母、弟で都島区へ。
この町は、本当に思い出深い町になった。
先に言っちゃうと、この町には半年しかいなかったのだが、強烈な思い出ばかりだ。
今でもつながりのある連れもここでできたし、後で出てくる長く付き合った彼女もここで出会った。
町そのものも、おそろしく香ばしいテイストだったし、つるんだ奴らも香ばしかった。
今でもこの町に行くと、懐かしくてたまらない。
あの頃からあまり変わっていないところもよい。
まあ、その話もこのシリーズではどうでもいいのだ。
とにかく、この町にも半年しかいることができなかった。
この町にはもっともっと長くいたかったのに。
母が、他に男を作ったのだ。
それを知った父が、偽装離婚から正式な離婚へシフトチェンジしたというか、
「子供達をそんな女に任せておけない」
となったようだ。
親権の争いが起き、裁判だったか調停だったかになった。
私や弟にも意志の確認が行われた。
私は言った。
「お父さんやお母さんのことなどどっちでもいいです。
とにかく、僕にこれ以上引越しをさせないで。
また新しく友達を作るのは嫌だ。」
私の意志は尊重されなかった。
父に引き取られたほうが経済的に有利であろうという理由で、親権は父に譲られた。
経済的に有利であろうwwwwwwwww
経済的に有利であろうだってさwwwwwwwww
バカじゃないの裁判官だか調停官だか知らないけどwwwwwww
私は、中学2年の秋、祖母と弟と愛知県稲沢市に引っ越していった。
この町にはいい思い出がない。
父は私に必ず体育系の部活をするように命じ、私はいやいや従った。
その結果、私は部活についていくことができず、いじめられた。
この頃の私はエロ漫画ばかり買っていた記憶がある。
亜麻木硅とか。
このころからいろいろとおかしくなってきていた。
父は繊維関係の事業をしていた。
うまくいったりいかなかったりがあったようだ。
この頃は事業がうまくいかなくなると、トラックの仕事をするようになったので、何も聞かなくともわかった。
自分も、この中学でうまくいかなかったので、明るい希望を持って高校受験に励んだ。
しかし、高校受験は失敗し、行きたくもない高校に行かざるを得なかった。
とにかく家から遠かった。
自転車を普通にこいだら2時間。
まあ、普通の人は電車とバスで行っただろう。
この頃から電車やバスは嫌いだった。
だから毎日、その道のりを自転車ダッシュで1時間、走って通った。
(つづく)