余命3年の前立腺がんとの闘病日記 -70ページ目

私が両親が死んでも生き続ける目的

 私は私と同じように病気や障害で苦しんでいる人たちに訴えたいのです。それは我々は生きているだけで価値があることです。病気と闘っているだけで意義があるということなのです。だから我々は現在の環境がどんなに苦しくても生き続けないといけないのです。病気と闘い続けないといけないのです。

 私は精神病のほかにも、滲出性中耳件、アレルギー性鼻炎、気管支喘息で悩まされていました。しかし今回そのほかにも、顎関節症にもなってしまい、口を大きくあけれなくなって、今まで唯一の楽しみだった食事の時間が、苦痛の時間になりました。それこそ、少しでも食べ物を口に入れよと口を少し開くだけで、激痛で涙がぽろぽろ出てくるくらいなのです。

 こんな時に私はふと死を思うようになったのです。それこそ死ねばすべての苦痛から解放されると。それこそ今、顎関節症のおかげで、寝ていても右耳の奥がいたくなり、眼が激痛でさめるくらいになった今、本当に私は生きる意義を見出すことが困難になったのです。それこそこの苦痛を完全になくすことは、どんな世界中の名医にもできません。ただ一つだけその手段があります。それは自ら命を絶つことです。それこそこの激痛を生み出す肉体を、自ら滅ぼすことのみなのです。

 しかし私はこれらの病気の苦痛を私は本気で嘆いているのではないのです。そうではなく、人には絶対に理解されない病気、それこそは精神病の意欲障害により、私は労働ができません。それゆえ今は所得税を納めていません。それが本当に苦しくてたまらないのです。

 そんな時に私が生きていて、果たしてこの国にいったい何の価値を生みだせるというのでしょうか。それこそ私は年をとっていくと、この国が私を養うために、国民が汗水を流して働いて納めた税金で私は生きなければなりません。それこそこんな私の人生をいったいどうやって肯定できるでしょうか。

 だからこそ私は私の人生を肯定したいのです。それこそ病気で労働ができず、その結果結婚もできず、しかし決して遊んで生きているのではなく、ただ病気で苦しむだけの人生でも肯定したいのです。

 それはもし、私がただ所得税を納めていないからこの国に生きる価値がないと自殺をしてしまうのならば、それこそ日本中の労働が不可能な重度の病者や障害者、それこそ重度の脳性マヒの子供や、ダウン症の子供の存在を否定することになるからです。それはどんなことがあっても許せない行為だからです。

 しかしそうは言うものの、確かに私の将来は絶望的です。それこそ両親はともにがんの再検査にかかり、先がないことが判明したのです。そんな時に46歳のおじさんになり、精神病のほかに、正常に老化現象が進んでも、どんどん肉体が衰えていく現在の環境をどうやって肯定できるでしょうか。

 それこそ今はいいのです。それは今は私が死ねば私の両親は悲しむからです。しかし両親が死に、私が死んでもだれも悲しむ人がいなくなったときに、いったいどんな理由で、私が自ら命を絶つ行為を止められるでしょうか。

 だからこそ私はここで、人類の進化の意思を訴えるのです。それこそは人類は誕生した時から、人間だけが持つ哀の感情、やさしい気持ちの存在ゆえに、我々病者や障害者を救うために進化をしてきたということなのです。

 だからこそわれわれはどんなに苦しくても生き続けないといけないのです。それは我々が死んでしまうと、人類は進化の意思を抱けないからです。それこそ人類は、我々病者や障害者を、つまり社会のあらゆる悲しんでいる人、苦しんでいる人を、言い換えれば社会のあらゆる弱者を救うために、この星を、人類の能力を無限に高めていくという進化の意思を抱くことが可能なのです。しかし我々がいなくなってしまうと、人類はその人間だけが持つ哀の感情、やさしい気持ちから生まれた社会の弱者を救うという進化の意思を抱くことが出来なくなってしまうからです。

 だからこそ私は、人間として生まれてきた権利と義務を遂行するために、どんなに苦しくても生き続けようと誓ったのです。人類からあらゆる悲しみや苦しみをなくすために戦い続けよと誓ったのです。そしてこの世界を、どんな病気や障害で苦しんでいても、生きるだけで価値がある、病気と闘うだけで意義があると思える理想国家を築こうと誓ったのです。そんな社会が人類の到達できる理想国家だと気がついたからです。

 お願いです。私の理想国家への戦いを支援、支持してください。

 私のサイトです。よろしくお願いします。  http://www2s.biglobe.ne.jp/~hideto/