1リットルの涙
池内亜矢さんの最後の言葉は、「私は何のために生きているの」でした。
現実に、生きることにどんなに希望を抱こうとしても、14歳で発病して、徐々に体のすべての機能が失われてくれる現実に、いったいどうやって、生きる目的を抱けるでしょうか。
しかし今、私は亜也さんが生きていたのならば伝えたいのです。それは、もちろん現実に生きていることに充実感は得られないでしょう。しかし生きる目的を抱く努力はできるはずだと。それは、人間は決して自己中心的な欲で生きていないからです。そして生きる力を亜也さんに是非とも感じて欲しかったのです。どんなに苦しくても生きていたいと。
それならば、その精神機能は、白人も黒人も。日本人も、北朝鮮の人もすべての人が持っていることに気が付いて欲しいのです。それならば人類は、誕生したときから、人類の不可能だと思われていた悲劇を救うために、進化してきたのだと。そしてこれからも進化が可能だと気が付いて欲しいのです。
それならば、我々、不治の病で苦しんでいる人たちは、生きるだけで、もっと具体的に言うと、耐えられないほどの病気の苦痛と戦うだけで生きる価値があることに気が付いてもらえるからです。その苦痛が大きければ、大きいほど、我々は人類の進化に貢献していることに気が付いてもらえるからです。
私はだから戦い続けたいのです。それはどんなに苦しくても、人間は決して自己中心的な欲で生きていないことに。自己中心的な欲を満たすために進化してきたのでもないし、またこれからも、人を傷つけ、悲しませる経済活動では、アメリカ流の経済活動では、日本の、人類の進化はありえないことを気が付かせたいのです。
お願いです。私を支援、支持してください。
現実に、生きることにどんなに希望を抱こうとしても、14歳で発病して、徐々に体のすべての機能が失われてくれる現実に、いったいどうやって、生きる目的を抱けるでしょうか。
しかし今、私は亜也さんが生きていたのならば伝えたいのです。それは、もちろん現実に生きていることに充実感は得られないでしょう。しかし生きる目的を抱く努力はできるはずだと。それは、人間は決して自己中心的な欲で生きていないからです。そして生きる力を亜也さんに是非とも感じて欲しかったのです。どんなに苦しくても生きていたいと。
それならば、その精神機能は、白人も黒人も。日本人も、北朝鮮の人もすべての人が持っていることに気が付いて欲しいのです。それならば人類は、誕生したときから、人類の不可能だと思われていた悲劇を救うために、進化してきたのだと。そしてこれからも進化が可能だと気が付いて欲しいのです。
それならば、我々、不治の病で苦しんでいる人たちは、生きるだけで、もっと具体的に言うと、耐えられないほどの病気の苦痛と戦うだけで生きる価値があることに気が付いてもらえるからです。その苦痛が大きければ、大きいほど、我々は人類の進化に貢献していることに気が付いてもらえるからです。
私はだから戦い続けたいのです。それはどんなに苦しくても、人間は決して自己中心的な欲で生きていないことに。自己中心的な欲を満たすために進化してきたのでもないし、またこれからも、人を傷つけ、悲しませる経済活動では、アメリカ流の経済活動では、日本の、人類の進化はありえないことを気が付かせたいのです。
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