東北大震災にあわれた方に
私は、今回の東北を襲った地震の被災者の方にぜひとも知ってほしいことがあるのです。それはなぜ、神はこれほどまでに、我々をもてあそぶかのような苦しみを与えるのかということなのです。
それこそ私は不治の病になっている47歳の男性です。それこそ21歳で発病したときは、いつかは治るだろうと思っていたのですが、とうとう私の主治医も、私は自然治癒力ではこの精神病は治らないと宣告されたのです。
そんなときに、それこそ私は子供のころから、街で気のふれた人を見るとかわいそうで涙を流していたやさしい子供だったのに、なぜ神様はこんな意味のない試練を私に与えたのかと思ったのです。そんなときに私は今回の地震を見て、それこそ日本も、世界で唯一、絶対平和を守り、それこそ尖閣諸島や竹島、北方領土も、それこそ国際法でのみ解決しようと、どんなに暴力をしかけられても、抵抗しない国なのに、なぜこれほどまでの試練をこの日本という国に与えるのかと疑問に思ったのです。
だからこそなのです。それこそ私は、直接に地震の被害にあった方、さらにはこの国の意味のない悲劇に、それこそ絶望的な気持ちになっている、この国の優しい人たちに訴えたいのです。それこそは、あなたにぜひとも哀の感情、やさしい気持の存在と性質について気がついてほしいのです。
それこそなぜ、このような悲劇が日本を襲うのか。しかしそれは仕方がないことなのです。そうではなく、それこそ私はあなたに、人間だけの哀の感情、やさしい気持に気がついてもらえたのならば、それこそはこの国の進化のために、人類の進化のために、この国はこの震災にあったのだということに気がついてほしいのです。
それこそあなたはユーチューブなどの動画サイトで、それこそ肉食獣の狩りのシーンなどを見てほしいのです。それならばこそ、あなたは人間だけが持つ、哀の感情、やさしい気持、人の痛みを思いやる気持ちに気がつくはずなのです。
それこそあなたは交通事故などで、血まみれの被害者などをみると、激しい嫌悪感を抱くと思うのです。それこそ内臓が飛び出した被害者など、凄惨なシーンを見ると吐き気がするはずです。しかしそれは、人間だけがもう精神機能だと気がついてほしいのです。
それこそ肉食獣が草食動物を襲うときは、それこそ一気に殺さないし、またそれもできないのです。それこそ数匹の群れで一等の獲物に襲い掛かかった場合、それこそ一匹の肉食獣が、その獲物と闘っているときに、他の肉食獣は、それこそその獲物の柔らかい腹部から食いちぎりだします。それこそ殺すのではなく徐々に食べていくのです。それこそ内臓を引きずり出して、生きたまま食べていくのです。
しかしそれは肉食獣だけの性質ではないのです。それこそ一見やさしそうなウサギやヒツジといった草食動物も、それこそ仲間の一等が襲われて、もう自分に被害は及ぼさないと分かれば、そのまだ生きていて、血まみれになってのたうちまわっている、哀れな仲間のそばで、もくもくと草を食べだします。だからこの、流血の凄惨なシーンを見れば激しい嫌悪感を及ぼすのは、人間だけだと気がついてほしのです。
それならばその嫌悪感は何かというと、それは哀の感情、やさしい気持なのです。それこそは人の痛みを感じる感情なのです。そのやさしい気持は決して道徳や倫理ではなく、人間だけが持つ最も高度な感情だと気がついてほしいのです。それこそ血まみれの凄惨なシーンを見て激しい嫌悪感に襲われるのは、それはあなたがその被害者を見て、その人の痛みを激しく感じすぎるからだと気がついてほしいのです。それこそ人の痛みを感じるのは決して道徳や倫理ではなく、人間だけが持つ脳の機能なのです。
それを、人は知らないのです。それこそ人の痛みを思いやる感情というと、それこそ道徳や倫理だと思っています。それならば道徳や倫理では人はパンを得られません。だから人は欲で生きていると思うし、また欲を満たすことで進化をしてきたし、またこれからも欲を追求することで進化が可能だと思っているのです。
だからこそ私は、震災にあったあなたに、人類の進化の意思を気がついてほしいのです。それならばこそ、あなたを救おうと人類は、この国は、人類は進化をしていることに、戦っていることに気がつくはずなのです。
それゆえ私は被災者の方に、この哀の感情に気がつけばこそ、人はなぜこれほどまでに生きる苦しみに合うのか理解してもらえるはずなのです。それこそあなたが苦しむからこそ、人類はあなたの苦しみを救おうとその能力を向上させるために、人類は進化が可能なのです。それこそあなたが苦しまないことには、あなたを救おうという人類は進化の意思を抱けないからなのです。それは今回の、常識はずれの震災も同じなのです。
それこそ私は不治の病で苦しんでいます。それゆえに、それこそ両親が死んだあとになぜ生きないといけないのかと思うようになったのです。それこそ労働もできずに、それゆえ所得税も納められない私が、両親が死に、私が死んでも悲しむ人がいなくなったときに、なぜただ苦しむだけの人生を生きないといけないのかと。
だからなのです。それこそ私が生きる価値も、今回の震災にあわれた人の苦しみにしても、それこそなぜこのような悲劇が起きるのか。そしてそのような生きる苦しみの価値は、現実の世界で救われるには、それは人類の進化のためだと考えないと、それこそ意味がないはずです。それこそただ苦しむだけの人生に、なぜ生きないといけないのかと。
それこそ今回の地震があるからこそ、この国は、人類は地震に対する研究はさらに進むはずです。それこそ人類は、宇宙についての研究は進んでいるのですが、地球の中に対しては、それこそほとんど分かっていないし、また研究者も、それに対する資金も少ないのです。しかし今回の地震で画期的に変わるはずなのです。
それこそ私は主治医から、もう治らないと宣告されたときに、「それならば生きていても仕方がない」と私が言えば、それこそ私は、主治医から、必ず私が生きている間に、画期的な薬ができるからと言われました。
だからこそ、私がどんなに苦しくても、それこそ惨めな環境になっても、生きていないことには、人類は、私の病気を救うという進化の目的を抱けないことに気がついたのです。だからこそ私は今回の震災にあわれた人に、それこそ人類の進化のために、あなたはこの試練を受けていることに気がついてほしいのです。だからこそあなたはどんなに苦しい状況に陥っても生きてほしいのです。生き抜いてほしいのです。それがあなたの人類を進化させる才能と使命なのです。