障害者の母親たちへ
私は障害者の母親たちに訴えたいのです。それはあなたが死んだあとの子供のことを心配しなくてもいいということなのです。それは人類には我々を救いたいという、進化の意欲、意志があるからです。決して人類は、この国は我々を見捨てないのです。
私は精神病の陰性症状が強く、労働ができません。しかしそれを楽観的に見過ごすわけにもいかなくなったのです。それは私はもう46歳で、母は72歳、父はもう80歳になり、もう先は長くはないからです。
さらに悪いことというか、当然のことというか、私の両親は、最近受けたがん検診で、再検査の結果が出ました。しかしもちろん検査の結果はわかりませんが、もう先は長くないことだけは確かなのです。
しかし私はだからこそ母に知ってほしかったのです。それは母が、これ以上はないと思うくらいに私に愛情を注いで育ててくれたおかげで、私はこの国に、人類に希望と勇気を抱くことができたのです。それこそこの日本という国が大好きになることができたのです。そしてたとえ働くことができなくても、何かこの国に貢献をすることはできないかと。
それこそは私はこの国に、やさしい気持ちの存在を訴えることでした。そのやさしい気持ちは、決して道徳や倫理ではなく、人間の脳の機能、精神機能だと。だからこそ私は、両親が死んだあとも、どんなみじめな環境が待っていても、生きぬく自信があるのです。そしていつの日か、自分のパンくらいは自分で稼ぐことが可能になる希望と勇気を抱くことが。
だからこそ私は障害者の母親に訴えたいのです。それは、あなたの子供に、私の母と同じように、これ以上はないと思えるくらいに愛情を注いでほしいのです。それはやさしい気持ちというものは、他の思考能力や知能と違い、育てることが可能だからです。
それこそ生まれつきやさしい子供ということは存在しないし、また普通の子供でも、何の愛情も注がれなければ、やさしい気持ちが非常に乏しくなり、人の痛みがほとんどわからない子供に育ってしまうのです。逆に知的能力が非常に乏しい子供でも、それ以上にやさしい子供に育てることが可能なのです。
それこそ私は本当に、精神も肉体も弱い人でんです。しかしだからこそ母に知ってほしいのです。それは私の母はどんな健康な肉体や精神より素晴らしい、やさしい気持ちを授けてくれたのです。そしてそのやさしい気持ちこそは、人間が生きていくうえで、最も重要な精神機能なのです。最も人間が、人間らしくあり得る精神機能なのです。そしてそのやさしい気持ちが豊富な人は、どんな環境であっても、だれよりも、生きることは素晴らしい、人間は素晴らしいと感じることが可能になるのです。
それはやさしい気持ちがあるからこそ、人類は進化が可能だったからです。そして人は生きる希望と勇気を抱けるからです。それは人は非常に困難な状況に陥った時に、自分自身に夢や希望は抱けません。しかしそんな時にでも、どんなに現在の自分の存在に絶望しても、社会のあらゆる悲しんでいる人、苦しんでいる人を救うことならば可能になるからです。そのような社会の弱者を救う夢や希望を抱けるからです。つまり自分に希望を抱けなくても、人類に希望を抱けるのです。
だからこそ私は障害者の母親に訴えたいのです。それは障害は障害で仕方がありません。それはその障害によりますが、ほとんどの場合、現在の医学では治せないでしょう。しかしあなたの子供に愛情を注げるだけ注ぐことにより、その子に生きることに何よりも大切な、やさしい気持ちを授けることが可能になるのです。
それならばどんなに病気や障害が苦しくても、生きることは素晴らしい、人間は素晴らしいと感じることが可能になるのです。そしてその障害のおかげで、決して人を憎まないことが可能なのです。自分に絶望しないのです。
だからこそその子に注げるだけの愛情を注ぐことにより、私のように年をとり、両親が先が短いことが分かっても、その子の母親は、決してその子の将来を嘆く必要はなくなるのです。その子と無理心中をする必要はなくなるのです。
それはやさしい人は、人のやさしさを感じることが可能になるからです。それこそ、世界中の人が、私の病気を救おうと、日夜努力をし、進化をしていることを感じることが可能になるからです。だからこそ人間の、人類の素晴らしさを感じることが可能になるからです。人類に希望と勇気を生きる力のある限りは抱けるようになるからです。
お願いです。あなたの子供に愛情を注いでください。それならば決してあなたの子供の将来を悲観しないですむのです。あなたの死後のことを心配しないですむのです。
私のサイトです。よろしくお願いします。 http://www2s.biglobe.ne.jp/~hideto/
私は精神病の陰性症状が強く、労働ができません。しかしそれを楽観的に見過ごすわけにもいかなくなったのです。それは私はもう46歳で、母は72歳、父はもう80歳になり、もう先は長くはないからです。
さらに悪いことというか、当然のことというか、私の両親は、最近受けたがん検診で、再検査の結果が出ました。しかしもちろん検査の結果はわかりませんが、もう先は長くないことだけは確かなのです。
しかし私はだからこそ母に知ってほしかったのです。それは母が、これ以上はないと思うくらいに私に愛情を注いで育ててくれたおかげで、私はこの国に、人類に希望と勇気を抱くことができたのです。それこそこの日本という国が大好きになることができたのです。そしてたとえ働くことができなくても、何かこの国に貢献をすることはできないかと。
それこそは私はこの国に、やさしい気持ちの存在を訴えることでした。そのやさしい気持ちは、決して道徳や倫理ではなく、人間の脳の機能、精神機能だと。だからこそ私は、両親が死んだあとも、どんなみじめな環境が待っていても、生きぬく自信があるのです。そしていつの日か、自分のパンくらいは自分で稼ぐことが可能になる希望と勇気を抱くことが。
だからこそ私は障害者の母親に訴えたいのです。それは、あなたの子供に、私の母と同じように、これ以上はないと思えるくらいに愛情を注いでほしいのです。それはやさしい気持ちというものは、他の思考能力や知能と違い、育てることが可能だからです。
それこそ生まれつきやさしい子供ということは存在しないし、また普通の子供でも、何の愛情も注がれなければ、やさしい気持ちが非常に乏しくなり、人の痛みがほとんどわからない子供に育ってしまうのです。逆に知的能力が非常に乏しい子供でも、それ以上にやさしい子供に育てることが可能なのです。
それこそ私は本当に、精神も肉体も弱い人でんです。しかしだからこそ母に知ってほしいのです。それは私の母はどんな健康な肉体や精神より素晴らしい、やさしい気持ちを授けてくれたのです。そしてそのやさしい気持ちこそは、人間が生きていくうえで、最も重要な精神機能なのです。最も人間が、人間らしくあり得る精神機能なのです。そしてそのやさしい気持ちが豊富な人は、どんな環境であっても、だれよりも、生きることは素晴らしい、人間は素晴らしいと感じることが可能になるのです。
それはやさしい気持ちがあるからこそ、人類は進化が可能だったからです。そして人は生きる希望と勇気を抱けるからです。それは人は非常に困難な状況に陥った時に、自分自身に夢や希望は抱けません。しかしそんな時にでも、どんなに現在の自分の存在に絶望しても、社会のあらゆる悲しんでいる人、苦しんでいる人を救うことならば可能になるからです。そのような社会の弱者を救う夢や希望を抱けるからです。つまり自分に希望を抱けなくても、人類に希望を抱けるのです。
だからこそ私は障害者の母親に訴えたいのです。それは障害は障害で仕方がありません。それはその障害によりますが、ほとんどの場合、現在の医学では治せないでしょう。しかしあなたの子供に愛情を注げるだけ注ぐことにより、その子に生きることに何よりも大切な、やさしい気持ちを授けることが可能になるのです。
それならばどんなに病気や障害が苦しくても、生きることは素晴らしい、人間は素晴らしいと感じることが可能になるのです。そしてその障害のおかげで、決して人を憎まないことが可能なのです。自分に絶望しないのです。
だからこそその子に注げるだけの愛情を注ぐことにより、私のように年をとり、両親が先が短いことが分かっても、その子の母親は、決してその子の将来を嘆く必要はなくなるのです。その子と無理心中をする必要はなくなるのです。
それはやさしい人は、人のやさしさを感じることが可能になるからです。それこそ、世界中の人が、私の病気を救おうと、日夜努力をし、進化をしていることを感じることが可能になるからです。だからこそ人間の、人類の素晴らしさを感じることが可能になるからです。人類に希望と勇気を生きる力のある限りは抱けるようになるからです。
お願いです。あなたの子供に愛情を注いでください。それならば決してあなたの子供の将来を悲観しないですむのです。あなたの死後のことを心配しないですむのです。
私のサイトです。よろしくお願いします。 http://www2s.biglobe.ne.jp/~hideto/