あ、すみません

 

今日のは、かなりどす黒いです。

 

数年後の私が見て何か思うか、

 

100%自分の為に書いたものなので、

 

もしそれでも見てしまわれて、不快に思われても、

 

どうか、見逃してやってください  

 

ね。

 

ちろりより。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日、山形の所長と、少し、長電話した。

 

「こっち側」は、雪の降り方が全然違うらしい。

 

確か彼は仙台出身。

 

同じ東北でも、太平洋側と日本海側では、全然違うのですね。

 

降った次の日は朝から事務所の雪かきから始まるらしい。

 

そんな苦労、+新設拠点故の顧客開拓と、早期黒字化を

 

圧力かけられるんだろうな。

 

私も、2拠点、新設拠点経験したから。

 

この苦労は、経験しないと絶対分からない。

 

有って当たり前の環境で働くのと、

 

全くゼロの土地で、1から創っていくのと。

 

仕事だけじゃなく多分、全てにおいてそう

 

私のブログを見て、「今あなたはそう言っているけれど」と

 

感じる方も、沢山いらっしゃったと思います。

 

私がヤールⅡでショックを受けていても、

 

多分後から思えばこの位何でも無い位の通過点となるのでしょう。

 

ちょっと前まで、私は自分を何かの実験体みたいに、知識も無いのに勝手に分析した

 

つもりになって、いろいろ試したり、自分は進行が遅いと思おうとしたり、症状が軽い事に

 

しようとしたり。

 

何をどう頑張っても、我慢しても、進行止められないのに。

 

多分、冷静に、これ考えだしたら、私はとても、普通に仕事できる精神状態では無い

 

だけど、真面目故の、仕事休めないっていう思いや、伴侶も居ないし、ましてや他人に

 

こんな重い話したって、相手が重くなるだけだと、話せる他人が居ないのと、

 

そんなこんなで、この現実に、というか、P病と言われた日からずっと、

 

現実から目をそらしつつ、今も過ごしている。

 

そこに、「私はまだ泣いていない」につながるのです。

 

所詮私は一人。

 

老いて死にゆく親には、私が退化してゆく姿を見られたくない。

 

介護が必要になって来た頃、私は、どうやって暮らしているのだろう。

 

この場で少しはこんな風に愚痴る事は有るけれど、

 

ホントに心の中で渦巻いている不安やどんよりや、そんなんは、

 

全部自分のみぞおち辺りに戻して消化するしかない。

 

これは、強いのか?

 

強いと言うには、余りにも、虚しい。。

 

愚痴っても、途方に暮れても、寝ても、泣いても、歌っても、歩いても、ストレッチしても、

 

止まらないものは、止まらない。

 

そして、多分、この程度でこんな事言ってる私には、今まだ全然わかってない事、あるんだ。

 

そしてもうすぐ、そのうち、私も、その道を、通る。

 

人としての尊厳を保てるのは、あと何年なんだろう。

 

昨日大丸で見かけたあのお母さん。

 

絶対Pと認知症セットだ。

 

落としたレジ袋拾ってあげたけれど、「どこ置いた!?」などとキツめに聞かれ、ちょっと怖かったのと、

 

拾う私も、傘持ってたし、荷物持ってたし、結構ハードル高かった、、なんて、誰も知らないだろうけどね。

 

私も、あのお母さんみたいになるのかな。

 

ていうか、病院で、脳神経内科の待ち合いで見かける、あんな感じになるのかな。

 

でも皆さん、付き添いの方が居て、いいな。

 

私は、病名聞かされる前から、不安を抱え始めた頃から、ずっと一人だな。

 

通院も、検査も、全部一人。

 

普段は平気だけど、たまに、ズシっと来る。

 

クリスマスなのに、こんな散らかった部屋で。

 

何やってんだろう。

 

何だったんだろう。

 

こんな私に、エールも、叱咤も、激励も、要らない。