PSP…の記事で書いた先生の話です。

その先生は、子供から映る
大人独特の二面性や腹黒さ、゙
あぁ、この人は子供を表面だけで判断して、
気に入った子と気に入らない子をざっくり差別しそうだな゙的な冷たいオーラがない人でした。

存在自体見たまんま、
そのまんまの純粋オーラ人。

そういうのって、言葉や態度云々ではなくて、感覚で感じるものなんですよね。

一番純粋な時期なら尚更。

でもある嫌味な先生からの反対にあったようで、担任は3年間止まり。
(↑それでも奇跡的だけど(笑))

最後の最終学年には、
私達の不安が的中し、担任ではなくなってしまいました。

最後に担任を受け持ってくれた先生は、
冷たくて、
神経質で切れやすくて、
こちかから上手く入っていかないと人を寄せ付けない人でした。

何だか同じ空間にいるとこちらに暗い影ができちゃう人っていうか、

以前までは当たり前にあった
『この先生なら安心して過ごせる』
的な純粋で生き生きした開放的な空間が一変してしまいました。

でも逆に、前の先生と過ごした3年間で出来上がってしまった空気の中に放り込まれてしまってかわいそうだったかな…て思う時もありました。
未成年の子供達が、
驚くような事件を起こした報道を
度々目にするようになりましたが。

古い言い方かもしれませんが、
きっと心の中に灯がともるようなあたたかい想いでとか、

世間体や自分の立場を守る事とかそういうフィルターを通さずに、それらをかなぐり捨ててまっすぐに子供と接してくれる大人と出会えなかったのかな…と思う。

私には1人だけいた。

小学校では毎年替わるはずの担任を3年も受け持ってくれた先生。

純粋な先生だったから、
体裁と決まり事ばかりの冷たくてきっつきつな先生達からは差別されていたけど、

その先生は、変に正しくあろうとか、
こうしなきゃ批判されるとか、
見せしめに叱ったりしなきゃ他の先生に立派に映らないとか、

そういう
フィルターを通さないでまっすぐに私達を見てくれる人だった。
そこが、他の大人たちとは全然違った。

少なくとも、今でも思い出すと心にぽっと純粋な灯がともる。