とにかくN先生。
あの先生を育てられたご両親も素晴らしい人だったのだろうなと想像できた。
周囲の人との関わりだったり、時代背景だったり、色んな影響もあっただろう。
とにかくあの人はじっと子供を愛しんだ。大人の都合で嫌われるっていう、子供にとって一番ネガティブな心配が要らなかった。
過剰な抑圧感がなかったから、はしゃぐ事もしょっちゅうだった。
(大人同士で話してるのに、後ろから頭を何度もパンパン叩いたり(笑)。思いつきで、芸人のようなマネをして先生を笑わせた事も。)
あまりにも゙にぎやがが当たり前だったので、意表をついて逆の事をしてみた事も。読書の時間に読書してみたり(笑)先生はシン…としていたのに驚き、入ってくるなり「どうしたんだ」なんてびっくりしていた。
等々…エピソードは数えきれない。不思議なのは、゙人間楽しい事は忘れても、イヤな事は忘れない。゙という説があるけど、先生が受け持ってくれた3年間の記憶は、楽しい事も悲しい事もちゃんと過去の整理棚に納まっているという事。楽しい事すら忘れず、ふとしたやりとりも消えず、イヤな事すら゙残っている゙のじゃなく、ちゃんど納まっでいるんです。
何より、この人に認めてもらいたいから、一生懸命やろうという無意識のモチベーションがあった。ナカノ先生に認めてもらえたり、誉めてもらえると、本当に自信になったから。心の底から嬉しかった。自分が誇らしかった。
自分の力を信じる喜びを与えてくれた。それは今でも(思い出さなくても)、潜在意識の中にちゃんと活きていると思う。
大抵の大人は、私は歳をとった今でも苦手(笑)。
人の腹黒さは、大抵は見ればわかるから。
でもナカノ先生は、゙余計なもの゙を思考に加えながら子供を見る人と違って、まっすぐだった。
だからこちらもまっすぐ見れた。゙
何時までに帰らせなきゃ
静かにさせなきゃ私が怒られる
怒んなきゃダメだ
しつけなきゃダメだ
自由にさせちゃダメだ
しっかり管理しなきゃ
手綱を緩めるとなめられるからしめとかなと…
等々。。
少なくとも私は、過剰にこういうフィルターを通して接してくる大人が、ホントにダメでした。
元々支配される感覚が物凄くダメだったし、心濁りキラキラした時間がくすむのも耐えられなかった。
当然傷つく事も多かった。(親御さんや近所のお母さん先生方、ご自分のプレッシャーも大変なものでしょう。世知辛なご時世ですから尚更。)
子供時代からそんなに大人のプレッシャーを゙一緒゙に受け取らされる子供は、大人になる前に大人より疲れてしまうと思います。
というより、子供が子供時代に子供らしくいれなかった場合、大人になってから゙子供がえり゙するんだそうです。。
私にとってあの3年間はきっとラッキーだったんだろうな…と思う。
純粋な大人と、一生出会わない人もいるかもしれないから。
有名な人、お金持ちの人よりも、純粋で崇高な精神を持った人の方が何倍も偉いんだと今でも当たり前のように思えるし。
(先生は土曜のお昼はラーメン一杯だったけど(笑)。)書いてたら、また灯がともってきたかも(笑)。私はやっぱりラッキーな人と出逢っていたのかな。
゙なんてわざと言うのが当時流行った。