不安がいっぱいの世の中

それが頭にこびりついて

手を洗い続けたり

戸を何度も開け締めしたり

いつの間にか生活習慣にも伝染する

もしかしたら 身近な不安を作ることによって 恐ろしい不安を希薄にして身を守っているのかもしれない

衣食住 すべてがたった数十年で変貌した


60代の人々は たいてい自分が日本を良くしたと言う

世界の僅かな人々が作っただけなのに

年金も貰おうとしている
単なるお金集めだったのに 長生きしすぎるから

オレオレ詐欺で 自分の孫も子供もわからないなら 老人は必要ない 全額寄付すればいい 老人が生きたいなら 老人全員の資産集めて一緒に暮らせばいい

なんでパチンコに1日、何万円も使えるのか

本当のマニフェストは年金を廃止してボランティア、労働に従事出来ない老人は 未来の子供の為に命を国に捧げること

今まで 散々 いい想いをしてきた大人


子供達に決して幸せを与えようとしない傲慢でココロが小さな大人

見て見ぬフリをしてきたツケを子供達に払わせようとする 汚い大人

吐き気がする

胃が痛い

手を洗い続ける

現実逃避する
生まれながらにして悪い人はいない


受け継いだ血統は尊重しなければならない

どうしても悪いトコロだけで決めつけてしまう場合がある

社会でも悪いことをしたら罪と罰という法律があるが いいことをしたからって 誉めなければ罰するなんてことはない


良いトコロを伸ばし、悪いトコロは その人の性格として尊重してみたい

しかしながら 血統や環境で 些細なことでも摩擦は起きる

誠実を貫くことは すでに備わっている人には簡単だが、誠実を目指す人には吐くほどツライ

だから適当に成らざるを得ない


自分自身に自信がないから人を信じれない

コンプレックスがあるから それを補おうとする

人を真似て優しさを出そうとしても 結局 もともと備わっていないものは永遠に手に入らない

でも努力すれば自分自身の理想に近づくことは必ず出来る


自分がしなければならないことを貫けば 必ず誰かが見てくれる 出逢いがある 報われる

偽れば報いがある

因果応報なのかもしれない

同じようなことを書き続けることになるのねあせる


結局 どう頭に 神経症になりたくない 考えたくないと思っても

絶えず 不安を捜し 不安を求め 不安に怯え 不安に公開する

仕方がない

デメリットになる時があるけど

それよりもメリットになることを考えたほうが得だアップ


どう考えても時は進む

どうせなら自分の理想を目指したほうが善い

きっとそれは自分のポテンシャルを引き出すチカラになるはず


退院した後いろんな人たちと出逢い 学んだことがたくさんあった

ここからは神経症をはずした 20代後半の出来事を綴ってみたい