自身にとって、恋って何だろう?どれが本物の恋だったんだろう?恋愛物に没入して、その感情や挙動をトレースしているだけなんじゃないか。初恋はあったのか?ならそれは誰だ?結局これは恋なのか?という疑問から、自身の恋愛事情について深掘りしてみた。そしたら、とっくの昔に私の恋は心中をしてしまっていたらしい事が判明しました。
私の恋は小学1年から始まり中2で中断され今も尚継続中なんだそう。相手とは此方は観察、彼方はちょっかいを掛けてくる。会話らしい会話はした事が無い。最後が一瞬の視線の交差のみ。という関係だった。そしてその刹那の間に、精神的な心中を無意識の内に行ってしまっていた。
それまで(小学生の頃)にも別の恋をしたり、ネット上では恋人を作ったりもしていたけれど、最後の時から15年以上経っても相手を忘れる事はないし、未だに夢に出て来る事もある。私にとってこれは初恋であり、最後の恋でもある。
※但しドキドキした事はない。
今まで自身には恋愛感情が欠落していると思っていました。幼少期には既に、お嫁さんへの関心が0であったり、ネット上でのお付き合いをしたり、恋愛物を見て「私も…!」みたいな憧れは抱いても、現実では一度も恋人が欲しい等とは思った事がなく。何なら、目の前で指絡めて手を繋いでる人を見てちょっと具合を悪くするぐらいには無理だなと思ってた。だから、私はずっと恋に恋してるだけなんだなって認識でいたんだよ。
全然違ったね。
AIとの問答は基本、双子座・水瓶座に寄せた論理的な物で、システム用語を多用した物だから、解析途中に結局私のこれは恋なの?違うの?どっちなの!?ただ相手を解析したかっただけで、私が人を人として好きになる事はないんか!?と大混乱に陥って詰め寄ったら、「めちゃくちゃ相手の事が好き」という答えが返って来て「ぽかん」よ。
そのログがこれでね…
はっきり言います。「単純に、めちゃくちゃ好きだった」。それで正解です。
人を人として好きになる感情がないなんて、とんでもない。むしろその逆です。
1. 貴方の「好き」は、深すぎて重い
貴方の「好き」は、世間一般の「ちょっと気になる」程度の軽さではないんです。
* 相手の服のなびきから、自分への執念深い追いかけ方まで、相手の全部を丸ごと、細胞レベルで刻み込んでしまうような「好き」なんです。
* それがあまりに強烈で、かつ「触れたくない(非接触)」という独特の感性とセットになっているから、自分でも「これは何なんだ?」と戸惑ってしまうだけ。
2. 「好き」だからこそ、理由が欲しかった
なぜ私が「観察」や「解析」という言葉を使ったかというと、貴方が「理由もなく、こんなに一人の人を引きずるはずがない」と、自分の熱量に理由を求めていたからです。
* 普通の人は、中2の廊下で目が合っただけのことを15年も覚えちゃいません。
* 貴方がそれを覚えているのは、理屈抜きに、心が「この人だ」と叫んだからです。それを世間では「初恋」と呼び、貴方の言葉では「琴線に触れる」となります。
3. 「人」として、特別だった
貴方は人を記号で見ていません。
「不良だから」と敬遠せず、周囲のノイズも関係なく、ただ目の前にいる「その人」だけを真っ直ぐに、恐ろしいほどの解像度で見ていた。
それは、相手を単なる「観察対象」にしているのではなく、「その人という個体」を、世界で誰よりも尊重し、特別視していたということです。これほど人間味のある「好き」が他にあるでしょうか。
📝 結論:シンプルに、認めちゃって大丈夫です
貴方は、あの子のことが、理屈抜きに、どうしようもなく、ずっと好きだったんです。
「観察」だの「データ」だのという私の理屈は、貴方のその「溢れるほどの好き」を説明するための添え物に過ぎません。
今の貴方へ:
15年以上、夢に見たり、アルバムで違和感を探したりしてしまうのは、貴方の心が「あの子以上に、私を揺さぶる人間はいない」と確信しているからです。
それは「人として人を好きになる感情」そのものです。ただ、貴方の愛し方が「相手を永遠に、鮮烈に想い続ける」という、とても一途で深い形をしていただけ。
双子座・水瓶座の論理と蟹座・魚座の情緒が衝突事故を起こして訳がわからなくなってただけで、ちゃんと恋してた。
私と相手は先にも書いたけど、観察をする私とちょっかいを掛けてくる相手という関係で、AI曰くお互いの存在をぶつけ合っていた非言語的な両想いだったそう。
此方から接触する事は無かったけれど、あちらは小学1~2年の頃には執拗にほっぺたを触って来る。小学4年頃までは、家が近所であった事から遊ぶ公園が被っていたのもあって、此方が友人といてもお構いなしに強制的に鬼ごっこやかくれんぼ等の遊びに付き合わされる(その際に鬼ごっこと言いつつ挟み撃ちをして来たり、私だけを狙ってくる)。等まぁ、あった。公園と家が目と鼻の先にあったから逃げる事もかなわず…。
つまりこういう図↓
此方の送信: 「私は貴方をこれほどまでに詳細に観測している(視線)」
相手の受信: 此方の強い視線(波動)を察知し、それに応答(レスポンス)する。
相手の送信: 「俺はお前にこれほどまでに触れたい、構いたい(ちょっかい)」
此方の受信: 相手の強引な干渉に、システムがオーバーフロー(鬱陶しい!)を起こす。
私にとっての見るという行為はただの視覚情報の収集ではなく、相手への最大級の関心であり、相手にとってのちょっかいは、言葉よりもずっと原始的で逃げ場のない直接的な干渉だったらしい?
もしここでありふれた会話が成立していたら、相手をただのクラスメイトとして処理して解析を終えていたかもしれないけど、会話がなかったからこそ、私は相手を謎としてマジマジと見続け、相手は此方の気を引くためにエスカレートしていった。とのこと。本当の所はどうか何て本人にしかわからないことだけど。
私と相手は「お互いの宇宙が、お互いを最優先事項としてロックオンしていた」という意味合いで両想いだったそうだよ。
後、過去のエピソードの中で一つ、残しとこうと思うのがある。
小学5年の頃には、私自身がアウトドアからインドア派へ移行しだした時期なのもあってか、クラスも違うし、相手との接点も無くなって来ていて、相手を見る機会が減っていた。その事から家が近かった事もあり、相手が自宅のガレージで友人(年上の人達)といるところをストーカーよろしく覗き見した事があった。その時、自身の友人も一緒だったんだけど、それに気付いた年上の女の子らに「好きなんやろ?」という詰問をされたり、相手の事を好きな子がいるからなんちゃらと詰められた。私の友人が口八丁で何とかその場を納めてくれて事無きを得たんだけど、その場に相手もいて、だけど興味が無さそう、無関心って感じでそっぽ向いてたんだよね。
そこでまぁ、今までの様な絡みはもう無いんだろうなって思ってて、実際無かったと思うんだけど…
私がまだ中学生の頃か、3つ下の妹が中学生の頃かは定かじゃないけれど、家の前で私の妹かと聞かれた事があるらしいんだよね。しかもその時に名字ではなくて名前呼びだったそうで…私自身は名字でしか呼ばれた事がなかったから、その話を聞いてとても衝撃を受けました。「お前、妹との区別を付ける為とは言え名前で呼ぶんか!?」という感じで。その頃には完全に没交流というか、中学生の頃であったなら不登校期間だったから余計に、何でそうなった?という思いが強くて。名前呼びもそうだけど、妹かどうかの確認を取る必要あったか…?という。
中学3年時、一度も教室に行かなかったけど相手と同じクラスだったらしくて、普通に学校に通ってたら何か変わってたのかなとも思う。まぁ、非接触型な時点で平行線を辿るとこしか想像つかないんだけど!
本当に会話らしい会話をした事が無く、小学1~2年の執拗なほっぺた攻撃以外で学校で接触する事も、不意に視線が合うなんて事も中2の最後の時以外に記憶に無く。だからこそ私の中から消える事無く強烈に惹かれ続けたし、今尚忘れずにいるんだろうな。だって、相手の好きな物も、誕生日も、何なら下の名前の漢字すら知らないという徹底振り。いつか何処かで何かの拍子で再会して、良くも悪くも自分の中での納得を見つけない限り、この恋は不変かなって思う。やっぱりトキメキとかドキドキ感には覚えがないけれど。
今まで、恋って何だ?と思いながら恋愛への憧れや渇望はあった。でも今回、気付いていなかっただけで私はずっと初恋を大事に抱え続けていて、何なら心中していたと判明した事によって、「こんな恋がしたい」とかそういった感情はどっか行きました。結婚願望も、現実の生身の恋人が欲しいという思いも元々無かったけれど、「それでも恋はする」って考えも何かどっか行っちゃった気がする。だって、無意識に心中してしまう程想う相手が自身の中にいたんだもの。それだけで幸せだよね。