パリ モード美術館 アライア ALAIA作品展が。。 | パリで働くママCoCoのブログ

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だからこそ、もっと欲張って、パリ女子マダム達の様に、楽しく、自由に、華やかに!!! これでもパリ流ママブロです。。。
皆さん, 地に足着けて、一緒に人生を楽しみましょう!!

アズディン アライア Azzedine Alaia展

あの扉の奥に、

彫刻の様な造形服が沢山並んでいたのに、

写真は一切撮影不可だったのでアップロードできない。。。

とても、悔しいし残念。。皆さんにお見せできない。。

深く洗練された服飾創造の世界だった。


1940年代にチュニジア生まれの彼が、

彼の腕一本でパリで成功した素晴らしい彼の人生を見る様だった。

作品すべてが超立体的で、

女性の体の曲線美を知り尽くした彫刻の様な服ばかり。


その中でも特に印象的だったのは、

リアーナ【Rihanna】歌手が授賞式の際に纏ったと言う真っ赤なロングドレス。


本当に人間の皮膚の上に薄っすらと

一枚同じ柔らかさの布を重ねたような洗練度。


布と布が重なり合った縫い目まで、ミリ単位の厚みがやっと感知できる?程度で、

胸部から織り出す無駄のない柔らかな曲線は

やがてドレスのドレープと溶け合い

そのまま後部まで軽やかに下りていた。


その真紅のドレスを着て、階段や回廊をもし歩いたとしたら、

ウエディングドレスの様に美しく長いローブの裾に目が釘付けになるに違いない。。。


あの写真が撮りたかった。。


ココ

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パリモード美術館入口  アライア ALAIA作品の展

http://palaisgalliera.paris.fr/expositions/alaia


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あの扉の奥に、

彫刻の様な造形服が沢山並んでいたのに、

写真は一切撮影不可だったので皆さんにお見せできません。

とても、残念です。。。

素晴らしい創造の世界でした。













































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パリモード美術館 
アズディン アライア Azzedine Alaia展


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以下ファッションプレスより抜粋


http://www.fashion-press.net/brands/133

アズディン アライア:Azzedine Alaia

ブランドの始まり

1980年アズディン アライアが自身の名を冠したブランドを設立。

アズディン アライアについて

アズディン アライア(Azzedine Alaia)は1940年ごろチュニジアのチュニスに小麦農家に生まれる。彼自身「一生懸命生きていたので生まれた年を忘れてしまった」とのこと。地元の美術学校の彫刻科に進み、彫刻を学ぶ。その後仕立屋で地元の人々のためにドレス(ディオール等のコピー商品)をつくりはじめる。

アズディン アライアはその後、
クリスチャン ディオール で働くためにパリに向かう。(きっかけはチュニジアのクライアントの紹介)ラベルの縫いつけから始めるが、5日間でクビになる。(フランスへの正式な入国書類を持っていなかったことが原因の模様)

その後マザン伯爵夫人のお付として生計を立て、パリの
ギ ラロッシュ の工房でオートクチュールの手法を学ぶ。1960年から5年間、ブレジュ家の伯爵夫人の仕立屋兼ハウスキーパーとして働き、その間にパリ社交界に人脈を作る。(このときに出会った人々が後に自身のブランドを立ち上げた際の重要顧客となる。)

1970年代、
シャルル ジョルダン のもとでアライア初のコレクションを行うが、評価は決して高いものではなかった。このときのデザインは後に流行するボディコンシャス の先駆け的なものであるが、アライアのデザインは徐々にではあるが一部のファッション誌のエディターからモダンと認められ出していく。70年代後半はティエリー・ミュグレー のもとで働く。

1980年に独立。80年代のファッション界に一大ブームを巻き起こす。アライアのシグネチャースタイルとなるボディコンシャス・スーツは雑誌のエディター、アーティスト、モデルに絶大な支持を受ける。ボディコンシャス・スタイルは服に身体を押し込む事によってシルエット(ライン)をを形成する手法とは、まったく逆の発想で、女性のボディーラインを際立たせるためのアイテムと捉えるコンセプトのもと、余計な装飾を排除し、女性の身体の美しいラインを自然に強調するものであり、体に寸分もなくフィットした。スポーツウェアのような着心地で、女性の第二の「肌」と評価された。