久しぶりの小樽へ
HTB開局40周年記念ドラマ「歓喜の歌」を見て、久しぶりに小樽に行ってみたくなった。
小樽は、北海道に移住して最初に住んだ町。途中、札幌に転居したあと再び戻り、通算5年くらい小樽にいた。
小樽とのつきあいは古く、本格的に移住する前、苫小牧に1年ほど住んでいた時にも、休みのたびに小樽へ行っていた。
その頃はまだ、小樽運河はただのドブ川みたいだったし、オルゴール堂などもなかった。
今みたいに観光客が多くなかったぶん、独特の落ち着いた情緒があって好きな町だった。
鎌倉にいる時も、年に数回は行っていた。北海道に移住するにあたって、函館と小樽のどちらかにするか迷ったが、 最終的には観光地化されていなかった小樽にした。
だが、実際に住み始めた頃から小樽の観光地化が進み、同時に町そのものは活気を失っていった。
今となってはイヤな思い出も多く、小樽に行きたいとは思わなかった。
最後に行ったのも、当時小樽運河食堂にできたラーメン工房の偵察が目的で、それ以来ご無沙汰している。
あれからだいぶ時間がたち、今はラーメンからも足を洗っている。
完全に、とまではいかないが、少しは冷静に小樽の町を歩けるだろう。(続く)
小樽は、北海道に移住して最初に住んだ町。途中、札幌に転居したあと再び戻り、通算5年くらい小樽にいた。
小樽とのつきあいは古く、本格的に移住する前、苫小牧に1年ほど住んでいた時にも、休みのたびに小樽へ行っていた。
その頃はまだ、小樽運河はただのドブ川みたいだったし、オルゴール堂などもなかった。
今みたいに観光客が多くなかったぶん、独特の落ち着いた情緒があって好きな町だった。
鎌倉にいる時も、年に数回は行っていた。北海道に移住するにあたって、函館と小樽のどちらかにするか迷ったが、 最終的には観光地化されていなかった小樽にした。
だが、実際に住み始めた頃から小樽の観光地化が進み、同時に町そのものは活気を失っていった。
今となってはイヤな思い出も多く、小樽に行きたいとは思わなかった。
最後に行ったのも、当時小樽運河食堂にできたラーメン工房の偵察が目的で、それ以来ご無沙汰している。
あれからだいぶ時間がたち、今はラーメンからも足を洗っている。
完全に、とまではいかないが、少しは冷静に小樽の町を歩けるだろう。(続く)