北陸から東北へ⑤~「トワイライトエクスプレス」北帰行
(続き)薄暮の田園地帯の中、上越新幹線の橋脚が見えてきた。
このあたりで、陽はすっかり傾き、最後に撮った写真では雲に夕陽の残像が反射していた。
長岡19時ちょうど発。
花火でも有名な、鉄道の要衝長岡だが、あの悲哀に満ちた会津戦争より前に、この地で官軍との戦いが行われた。
戊辰戦争を予期していた長岡藩家老河井継之助は、藩の財政再建と藩政改革を急ぎ、最新の西洋式兵器を導入して軍備を刷新し、武装中立という主張が容れられなかったために、単独で新政府の大軍と激戦を繰り広げ、数に優る官軍をさんざん苦しめた。
結果的に敗れたものの、滅んだ旧江戸幕府側が無能者揃いだったわけではない。
たまたま幕府側にいたために、才能を発揮できなかった人材は多かった。身分や秩序の厳しかった当時はもちろん、自由なはずの現代だって、そういう人はいまだたくさんいるだろう。
「格差社会」が深度化している現在、誰にでもチャンスがあるはずの「民主主義」すら形骸化しつつある。
明治維新から150年、そろそろ「この国のかたち」を、変えなければならない時期に来ていると思う。
でも、現代の日本に河井継之助のような人材がいるだろうか?(続く)
このあたりで、陽はすっかり傾き、最後に撮った写真では雲に夕陽の残像が反射していた。
長岡19時ちょうど発。
花火でも有名な、鉄道の要衝長岡だが、あの悲哀に満ちた会津戦争より前に、この地で官軍との戦いが行われた。
戊辰戦争を予期していた長岡藩家老河井継之助は、藩の財政再建と藩政改革を急ぎ、最新の西洋式兵器を導入して軍備を刷新し、武装中立という主張が容れられなかったために、単独で新政府の大軍と激戦を繰り広げ、数に優る官軍をさんざん苦しめた。
結果的に敗れたものの、滅んだ旧江戸幕府側が無能者揃いだったわけではない。
たまたま幕府側にいたために、才能を発揮できなかった人材は多かった。身分や秩序の厳しかった当時はもちろん、自由なはずの現代だって、そういう人はいまだたくさんいるだろう。
「格差社会」が深度化している現在、誰にでもチャンスがあるはずの「民主主義」すら形骸化しつつある。
明治維新から150年、そろそろ「この国のかたち」を、変えなければならない時期に来ていると思う。
でも、現代の日本に河井継之助のような人材がいるだろうか?(続く)