摂食障害回です。
摂食障害のことを書く時と読書のことを書く時は、
最初に〇〇回ですと表記するようにしています。
退屈と思う人がすぐに日記を閉じることが出来るように、
配慮のつもりです。
もちろんどの回も所詮は日常の日記ですが、
トピックとしてそっちに傾いているときは表記します。
本日は3回の過食嘔吐をしてしまいました。
もう寝る前の服薬をしたので4回目の過食はあったとしても非嘔吐です。
もう過食材が無いので、どうしても食べたくなったらコンビニに歩いて買いに行きます。
眠剤を飲んでいるので運転は出来ません。
しかも禁忌であるビールを飲んでいるので、どちらにしても運転はできません。
鬱とヤケクソで飲めないお酒を500ミリリットル飲むつもりです。
明日は一日動けないかもしれません。
そのくらい二日酔いが酷いです。
母型の方が代々お酒が異常に弱いんです。
遺伝しました。
ところで、わたくしはちょっと憤慨しています。
トルストイの「人生論」に挫折したからです。
以前読んだトルストイの「イワンのバカ」は面白かったのです。
「イワンのバカ」を含む短編集だったのですが、
全部面白かったのです。
トルストイが熱心なキリスト教徒だということもわかる文章でした。
ところが同じ作者かと思うほど今回の「人生論」は支離滅裂でした。
正直読めませんでした。
名誉のために出版社と翻訳者は記しませんが、
今回はわたしの強迫性障害が屈服しました。
挫折感が酷いです。
いっそのことロシア語を覚えて原文で読みたいくらいです。
そんな頭、わたしにはありませんけれど、
もしも願いが叶うならばそう願わずにはいられません。
今度、他の翻訳者の「人生論」を見つけたら読んでみたいと思います。
読了できないことは屈辱です。
話は過食嘔吐に戻します。
どうして今日は3回も過食嘔吐をしてしまったのでしょうか。
仕事も出来ませんでした。
一日中過食嘔吐に取りつかれる日がまあまああります。
朝も昼も空腹を感じずに、1日1食の日もあります。
食行動がコントロールできないってそういうことなんですね。
摂食障害の患者さんというとやせ細っているというイメージがあるでしょうが、
わたしは太っています。
吐くのが下手くそで吐き残すからです。
服薬の時間帯によっては非嘔吐過食をすることも原因です。
痩せたいです。
5月から6月にかけて1カ月で7キロの体重増加があったので、
なおさら気にしています。
トルストイといえば、宗教的文学です。
宗教の話なんかしたかないですがね、
わたしは無神論者です。
もし神がいたならば、なぜこんなに醜い人間を作ったのでしょう。
なぜ摂食障害とうつ病と発達障害と、ディスカリキュアと左右盲と毒親を盛り込んだのでしょう。。
それから強迫性障害、ブス、低身長、デブ。気にしい。繊細。
神は慈悲深いっていう人がいますけれど、
本当に慈悲深い者はそのような惨劇を作り上げたりするのでしょうか。
才色兼備との差をこんなに残酷なまでにつけてしまうものでそうか。
しかも今年で31年目ですよ。闘病生活。
もしそれを神がお決めになっているならば、そんな神ならいるだけ迷惑です。
もう一度言いますが私は無神論者です。
人は自分には絶対的にかなわない者がないと傲慢になります。
だから信仰が必要という一面があります。
救いとは自分には生み出せないものに畏怖を感じる行為に似ています。
それであれば、わたしは自然信仰なら理解できます。
わたしがいかに脆弱であるかは対人関係よりも、野生や自然に対して感じます。
津波、地震、野生動物、地球温暖化、地盤沈下、山火事、
竜巻、洪水、離岸流、山の天気、それらにはとてもかないません。
わたしはそれらの自然現象に対して、畏怖を抱き、
敬意を示し、ある一線を引いています。
自分とは対等ではない、自分は圧倒的に下の存在であると認めます。
宗教教育を受けていない私にとってはそれが精いっぱいの宗教観です。
すがろうとか、頼ろうとか、救われようとかそういう観点が抜け落ちています。
トラちゃんがテスト前に急に部屋の片づけを始めました。
よほど勉強がしたくないのでしょう。
このままドロップアウトする可能性が大です。
わたしがしてあげられることは、高校を地域の最高峰に入れてあげる事、
その次に失敗をさせてあげること。
それで彼女は数年後にはまともな18歳を手にすることが出来るはずです。
大学は2流も3流もたいして変わりは有りません。
就職という意味ではここに大差はありません。
だから、いい高校に入れてあげるまでが親の仕事です。
あの人はもう母を必要としないくらい成長しました。
生命保険は精神疾患の治療の場合は2年間の罹患歴がなければ入れるはずです。
4年がかりであちこちの精神科から眠剤や抗うつ剤を集めてくれば、
4年後には沢山もらえる生命保険に加入できます。
わたしはいつか自死をするでしょう。
その準備をして少しでも多くお金を残してあげなければならないと思っています。