昨夜は本当に眠れなくて、

深夜2時にもう一度食べ物を食べました。

非嘔吐過食を続けていたので、お腹は空いていないのですが、

なんとなく。

食べたら眠れるかなと思って。

 

けれど全然眠れそうになかったので抗不安薬を追加して、

やっと眠ったのが午前3時頃。

 

ビール飲んだのに眠れないなんて、よほどです。

 

 

 

朝は寝起きドッキリかと思う出来事がありました。

 

「ねえねえ、駅まで送ってー」

とトラちゃん。

朝一ですよ。

「何時に送ればいい?」

「今」

「あいよ」

 

 

ということで、前後左右もはっきりしない中で、

駅まで送りました。

正直やっていいことか悪いことがギリギリのラインでした。

 

各種雑多な薬が効いているときでしたので、

ちょっとヤバいんじゃないかと、不安な運転でした。

 

家に帰ってきて、ゴミ出しをして眠りについたのですが、

起きた時、ゴミ出しをしたことも運転したことも

ちょっと記憶がなかったです。

 

 

夫はトラちゃんの送り迎えやトラちゃんに関する事でも平気でめんどくさがります。

たぶんそれが普通の人なのです。

わたしが異常というか不自然なあり方なのですね。

 

めんどくさいことをめんどくさいと言えないわたしは、

たぶん自然に逆らっているのでしょうね。

 

 

今日もトラちゃんのお迎えが夜の10時なのです。

夫に「ちょっと調子が悪いからお迎えをお願いしてもいいですか」

というと、

「運動しに行きたいからダメ」

と断られました。

 

運動したい気持ちを素直に言えること。

駅まで車で5分ちょっとのこともつらいほどだからお願いしている人がいても、

自分の気持ちを押し殺さないこと。

健康な人はそういう人です。

 

わたしはたぶん一生健康にはなれないと強く思いました。

 

 

わたしの人生がわたしの物であった時期なんて生まれてから一度もなかったと思います。

一人暮らしもしたことがないんです。

 

わたしの人生は父の穀つぶしであり、母の人形であり、姉の知育玩具であり、

夫のステイタスであり、子供の奴隷でありました。

学校での友人関係でもただの利用品として都合よく扱われるのがわたしでした。

NOと言えないわたしを友達だと思ってくれる人はいなかったでしょう。

ただ都合よく利用されることはありましても。

 

 

わたしはいません。どこにも。

 

トラちゃんの母はいるのですが、それはまるでわたしではありません。

 

わたしが不在のわたしの43年間はもうすぐ不在のまま44年間に塗り替えられるだけです。

 

 

うつ病のせいでしょうか、

ひねくれた性格のせいでしょうか、

わたしの人生はあまり幸せなものではありませんでした。

 

こんやはビールの量を増やしてみます。