小説1(タイトル未定)
私は孤独なの。みんなどこか行っちゃうの。
私は洋子。私は愛を知らずに育った。両親は私がまだ小さいころに離婚してしまった。それから母が女手一つで私を育てた。母は夜の水商売で稼いでいる。朝、私が中学校に行く時間、母はまだ仕事から帰ってこないことが多い。朝食は私が作る。学校から帰ってくると母は仕事疲れでぐったりと寝ている。私がほとんどすべての家事をこなす。掃除、洗濯も私がするようになっていた。私が夕食後に宿題を済ませて寝るころに母が仕事で家を出て行く。母とは会話しない日のほうが多い。唯一置手紙で「ソファーにおいてある服をクリーニングに出しておいて。母より」程度のコミュニケーションしかしない。
私には母が冷たい人間だと感じ始めていた。私は高校に行って、大学に行って普通の人と同じような生活を送りたいと思っていた。母が言うようには「授業料なんか払えないから高校には行かず働きなさい。中学までは出してやるんだからありがたく思いなさい。」ということだ。私が口答えすると「そんなこと言うと生活費出さないよ。」と言う。私は母には逆らえないんだと思っていた。自分の弱い立場が悔しく思われるのだ。親には感謝しなさい。それが一般人の考え方だ。私だって感謝したいけど、どこか私の中で感謝できない部分があるの。本当は仲良くやっていきたいのに。本当はお父さんともお母さんとも一緒に生きていきたいのに。
私は母と一緒に生活しているが母のことはほとんど理解していない。なんで離婚したのか聞いてみたこともあるが、そんなことは知らなくいいの、と言われる。手紙での最低限のやり取りしかない上、話しかけてもろくに質問に答えてくれない。仕事で疲れているため睡眠時間を確保したいのだろう。私のことどう思っているんだろう。私の将来のことを考えてくれてたりするのかな。本当は私のことを邪魔に思ってるんじゃないのかな。そんな思いもある。
友達はいないわけではないが、そんなに深い付き合いはできない。毎日料理、掃除、洗濯をしておかなければ母から怒られる。休日も長い間遊んでいるわけにはいかない。家(うち)に友達を呼ぶなんてことは一度もしたことがない。こんな家庭状況をしられたくなかったのだ。周りのみんなには両親が離婚していることも母が水商売していることも言っていない。知られたくない。こんなこと知れたら、からかわれるんだろうと思っていた。友達と仲良くなり気持ちもある。だけど、人ってどこかくだらない理由見つけて他人をからかって喜んでいるところがあるって思って完全には信頼できないでいた。私も弱みを見つけられると、かわかわれるって怖がっていた。それに他の人の生活をみているのも時々つらいの。「見て。最新の携帯買ってもらったんだ。」「ねえ。昨日のテレビ見た。超おもしろかったよね。」「はい。お土産。先週家族とディズニーランドに行ったんだ。」何気ない会話でも自分とこの人は違う生活をしていると感じざるをえない時もある。
私は自分の将来は暗いものだと思っていた。そろそろ母も水商売で働くには無理な年齢になる。その分も稼ぎながら家事もこなしていかなければならなくなるだろう。私には一切自分のやりたいことなどできないで一生を終えるのだろう。そんなふうに考えていた。
そんな頃、ある日私は新聞のある広告に興味を奪われていた。「賄い付き新聞配達員の寮、入居者募集中」という内容で様々な理由で授業料を払うことのできない子供の生活を援助するという内容だった。これなら授業料は自分で稼ぐことができる。私はもしここで生活できれば大学に通うという夢を叶えられると思った。でも母が許すのだろうか。私の言うことは一度も聞いてくれたことなどなかった。私は母の言いなりだった。でもやっぱりこのままの生活を続けいたら私はきっといつか耐えられなくなるだろう。なんとか相談してみようと思った。
今日学校から帰ってきたら話してみようと決心した。
私が学校から帰ってくるといつも通り母は寝室で寝ている。私は「今日は大事な話があるの。」と何度か声をかけながら母を起こした。母はゆっくりと体を起こし少しきつい目で私を見つめた。用があるなら早くして、ということだろう。私は賄い付き新聞配達員の寮に行きたいことを伝え、母の回答を待った。私は喧嘩になることを覚悟してじっと母を見つめていた。「そうね。それが一番お互いいいかもしれないわね。」とゆっくり喋りだした。意外な答えに私は言葉を失った。「私はあなたの授業料は稼げないけど、洋子が稼げるんだったら文句は言わないわ。」と続けて答えた。なんで反対しないのか聞きたかったが、母の心が変わらないうちに話を簡潔に終わらせることにした。
私はその日からに寮に入居する手続きをとるため電話でのやり取りを始めた。入居先の寮の設備のこと、生活のこと、仕事のことも簡単に説明を受けた。新聞配達はもちろん朝が早い、仕事を終えた後に学校に行き、夜も仕分けの作業があるという。きつい生活になることは覚悟しなくてはいけない。ただ私は自分の大学に入るという目標のためなら頑張れると思った。
そして、いよいよ中学生活も終わりを迎える日が来た。卒業式。周りの人はみんなのと別れを悲しみ涙ぐんでいる人もいる。ある集団では「私たちは一生友達、これからも仲良くね。」と話し合っている。私は特にこの学校に思い入れがあるわけではなく、本心など話せる友達もいなく、ただただ無駄なように過ぎていく孤独な日々が思い起こされるのだった。
そして今日は母との別れの日でもある。私は今日から東京に行くのだ。卒業式からまっすぐ家に帰ってくると、いつも通り母は寝室にいた。今日くらいは何か母から話があると思っていたが、自分に対する母の気持ちはこんなものなのかと思ってしまった。私は身支度を済ませ、別れの挨拶をする。手紙で「今までありがとう。」の一言だけ書いておいた。気持ちの入ってない一言だ、なんて思いながら私はこの家をあとにした。もう戻ってくることもないかな。何もいいことなかったしな。
私は5時間電車を乗り継ぎ東京の千代田区にある寮にやってきた。駅からは少し離れている、東京は高層ビルが立ち並んで華やかなイメージがあったけど、ここはこじんまりして人通りも少ないようだ。これから住む場所は1階は新聞配達所だ。ガラス張りの小さい建物だ。夜で暗い中にぽつんとここの建物の明かりがともっている。中に2人の人がいる。一人は40歳くらいの男性でおそらく彼がここの責任者だろう。もう一人は私と同い年くらいの女の子だ。おそらくここで働いている人だろう。男性から支持を受けているようだ。私は2階に目をやった。ドアがふたつある。私はこの一部屋を借りて住むことになるだろう。ここから見る限りでは古い建物であり、狭そうである。しかし、わがままはいってられないな。そんなことを考えながらじっと建物をみつめていた。
さあ、責任者に挨拶に行こう。私はガラス戸を開けて新聞配達所に入っていった。中にいた二人と目が合い「こんにちわ。連絡を差し上げた洋子です。これからよろしくお願いします。」と頭を深く下げながら言った。「こんにちわ。こちらこそよろしく、私は澤屋敷です。そして、こちらは真奈美さんです。」と男性の挨拶があり、女の子が「よろしく。私もここに今日から住むことになった真奈美よ。」と笑顔で答えた。正直もう一人同じくらいの歳の子がいたことに驚いた。「あなたも、ここに住むんだ。よろしくね。」私も笑顔で答えた。よかった二人とも優しそうだ。私はこれからの生活がきっと良いものになると感じた。
澤屋敷「さて、ここの施設の説明、仕事の説明をするよ。明日からさっそく仕事してもらうからね。高校の授業が始まる前にある程度仕事に慣れてもうよ。」
洋子・真奈美「わかりました。」
説明を真奈美と一緒に一時間くらい受けた。トイレ、シャワー、食堂は共同でこのアパートに一つある。洗濯は近くのコインランドリーで済ます。部屋は四畳一室でベットがひとつある。築何十年かは経っているのだろう。カビも所々にある。窓が一つあり住宅街が見える。どんな生活になるんだろう。不安もよぎる。
澤屋敷「さあ、説明はこの変で終わり。今日はご飯を食べてもう寝よう。明日から朝4時起きだよ。」
食堂は配達所のとなりの部屋にある。食堂といっても最低限2,3人くらいが食事できるスペースとキッチンがあるだけだ。そこで一人の40歳くらいの女性が料理を作って待っていた。「今日から、よろしくね。料理担当の浅田よ。」と笑顔で答えた。
洋子・真奈美「よろしく、お願いします。」
今日の料理はご飯、味噌汁、鮭だ。質素な料理であるが、味はよかった。真奈美と一緒に食事するついでに真奈美のことを聞いておこうと私から話しかけた。歳はやはり同じで、4月から同じ学校に通うことや、親が借金をかかえてしまい、親から高校に通う費用はだせないからこの寮に来たことなど聞いた。
「ご馳走様。おいしかったです。おやすみなさい。」
食事を済ませ食堂を後にし、部屋に向かう。
真奈美「それじゃ。明日から頑張ろうね。おやすみ。」
洋子「うん。おやすみ。」
と声をかけそれぞれの部屋に分かれた。私は嬉しくなっていた。私と同じような状況にいた人がいるなんて思っていなかった。彼女となら何でも分かり合えそう。初めて心を許せるような友達ができるかもしれない。ベットに入り薄暗い天井を眺めながら私は初めて希望を抱いて生きていけるんだと思った。暖かい涙が一粒頬を流れた。
朝の四時目覚ましがなる。まだ外は薄暗い。私はまだ重たいまぶたをこすりつけ、洗面を済まし食堂に向かう。
真奈美「おはよう。急いで食べないとね。」
真奈美はもう食堂にいた。食事を済ませ、配達所に向かう。
澤屋敷「おはよう。今日は洋子は○○地区、真奈美は△△地区をまわってもらうよ。地図にどこを回るか書いておいたよ。次からはこの経路計画も自分で立ててもらうけど、今回は僕がやっておいた。今日はまだ学校がないから時間は9時までかかっていいけど、学校が始まったら7時30分までに終わらせないと授業に間に合わないから、あと2週間で仕事になれて早く配達できるようになってくれよ。」
仕事の説明を受け、私たちはそれぞれの配達場所に向かった。配達場所をまわりながらこれから生活する街の風景を見て回った。これからどんな事がおきるんだろう、と思いながら。でも真奈美と一緒なら楽しんでいけそう。一人で笑顔になってしまっていて、いけない仕事中だ、気を引き締めた。やっぱりここは思ったより都会という風ではない。テレビで見るような高層ビルがあるわけではない。でもやっぱり大きな通りに来ると交通量は自分が住んでた場所よりはるかに多い。こんなに大勢の人が住んでいるんだな、東京は。
地図上の印や住所リストを頼りにポストに新聞を入れていく。東京の住宅街の道は入り組んでいる所が多く、地図だけではわかりにくいところも多い。やはり目標の7時30分には終わらせることができなかった。真奈美はうまくやっているのかな。
私が配達所に戻ったのは8時45分だ。真奈美はもう帰ってきていた。
澤屋敷「ごくろうさん。今日はこれから経路計画の立て方や、配達記録表の書き方を教える。そして夕刊は自分の作った地図で配達してもらうよ。」
そうか。学校がない日は夕刊も配らなくてはいけない決まりだった。休憩もほとんどなく経路計画を夕刊を配る。そして、配り終えると次の人の経路計画を立て、仕分け作業をしてやっと今日の仕事が終わった。
夕飯の時間がやってきた。真奈美とゆっくり話せる時間でもあり、この時間を楽しみに待っていた。
洋子「ああ。疲れたね。」
真奈美「うん。私、仕事だけで一日の体力全部使っちゃいそう。」
洋子「これから学校が始まると授業もでなきゃいけないし、宿題もあるし。大変だね。」
真奈美「今は手際が悪くて仕事の時間がかかりすぎちゃっているけど、早くなれないと宿題やる時間もとれなくなっちゃうね。」
洋子「大変だけど真奈美と一緒なら頑張れそう。」
真奈美「うん。私も。」
洋子・真奈美「うふふ。」
二人は同時に笑顔になった。
真奈美「じゃあ、明日も頑張ろうね。おやすみなさい。」
研修期間とも言うのだろうか。学校が始まるまではこんな日が続いた。私は真奈美と一緒にいられるのが嬉しかった。私たちは親友となっていた。今まで話したくなかったこともあったけど真奈美は受け入れてくれた。そして私たちは「一緒に同じ大学に行こう。」という約束を立てた。正直辛い生活になるだろうけど同じ大学に入ることを目標に頑張っていこうと誓った。
そして学校が始まった。真奈美とは違うクラスになってしまったけど、一緒の学校にいるというだけで安心できた。朝は4時起き、朝の配達を済ませ、学校に行って、帰ってくるのは16時になる。宿題を終わらせて、夜には仕分け作業、経路計画を立てる作業をやり、寝るのは23時くらいなる。5時間の睡眠をとりまた朝には4時に起きなくてはならない。こんな生活が毎日続いた。他の友達と遊ぶこともできない。新聞配達で稼いだお金はほとんど授業料、家賃代で消えてしまう。周りの人は化粧などし始める頃であるが、私にはお金も時間もなく、やりたくてもできなかった。授業も配達の疲れで寝てしまうこともあり成績は悪かった。先生には寝ないようにと注意させることも多くなってきた。周りからは「眠りのよっちゃん」なんてあだ名なんてつけられたりした。でも私は辛くなかった。私には一緒にいられる友達がいる。真奈美がいる。真奈美は私を理解してくれる、私は真奈美を理解している。信頼されている。お互いがお互いの状況に共感できる。私は一人じゃない、と強く感じた。この生活がずっと続いてもかまわないと思った。
しかし、それは叶わないことになるのだった。
私は洋子。私は愛を知らずに育った。両親は私がまだ小さいころに離婚してしまった。それから母が女手一つで私を育てた。母は夜の水商売で稼いでいる。朝、私が中学校に行く時間、母はまだ仕事から帰ってこないことが多い。朝食は私が作る。学校から帰ってくると母は仕事疲れでぐったりと寝ている。私がほとんどすべての家事をこなす。掃除、洗濯も私がするようになっていた。私が夕食後に宿題を済ませて寝るころに母が仕事で家を出て行く。母とは会話しない日のほうが多い。唯一置手紙で「ソファーにおいてある服をクリーニングに出しておいて。母より」程度のコミュニケーションしかしない。
私には母が冷たい人間だと感じ始めていた。私は高校に行って、大学に行って普通の人と同じような生活を送りたいと思っていた。母が言うようには「授業料なんか払えないから高校には行かず働きなさい。中学までは出してやるんだからありがたく思いなさい。」ということだ。私が口答えすると「そんなこと言うと生活費出さないよ。」と言う。私は母には逆らえないんだと思っていた。自分の弱い立場が悔しく思われるのだ。親には感謝しなさい。それが一般人の考え方だ。私だって感謝したいけど、どこか私の中で感謝できない部分があるの。本当は仲良くやっていきたいのに。本当はお父さんともお母さんとも一緒に生きていきたいのに。
私は母と一緒に生活しているが母のことはほとんど理解していない。なんで離婚したのか聞いてみたこともあるが、そんなことは知らなくいいの、と言われる。手紙での最低限のやり取りしかない上、話しかけてもろくに質問に答えてくれない。仕事で疲れているため睡眠時間を確保したいのだろう。私のことどう思っているんだろう。私の将来のことを考えてくれてたりするのかな。本当は私のことを邪魔に思ってるんじゃないのかな。そんな思いもある。
友達はいないわけではないが、そんなに深い付き合いはできない。毎日料理、掃除、洗濯をしておかなければ母から怒られる。休日も長い間遊んでいるわけにはいかない。家(うち)に友達を呼ぶなんてことは一度もしたことがない。こんな家庭状況をしられたくなかったのだ。周りのみんなには両親が離婚していることも母が水商売していることも言っていない。知られたくない。こんなこと知れたら、からかわれるんだろうと思っていた。友達と仲良くなり気持ちもある。だけど、人ってどこかくだらない理由見つけて他人をからかって喜んでいるところがあるって思って完全には信頼できないでいた。私も弱みを見つけられると、かわかわれるって怖がっていた。それに他の人の生活をみているのも時々つらいの。「見て。最新の携帯買ってもらったんだ。」「ねえ。昨日のテレビ見た。超おもしろかったよね。」「はい。お土産。先週家族とディズニーランドに行ったんだ。」何気ない会話でも自分とこの人は違う生活をしていると感じざるをえない時もある。
私は自分の将来は暗いものだと思っていた。そろそろ母も水商売で働くには無理な年齢になる。その分も稼ぎながら家事もこなしていかなければならなくなるだろう。私には一切自分のやりたいことなどできないで一生を終えるのだろう。そんなふうに考えていた。
そんな頃、ある日私は新聞のある広告に興味を奪われていた。「賄い付き新聞配達員の寮、入居者募集中」という内容で様々な理由で授業料を払うことのできない子供の生活を援助するという内容だった。これなら授業料は自分で稼ぐことができる。私はもしここで生活できれば大学に通うという夢を叶えられると思った。でも母が許すのだろうか。私の言うことは一度も聞いてくれたことなどなかった。私は母の言いなりだった。でもやっぱりこのままの生活を続けいたら私はきっといつか耐えられなくなるだろう。なんとか相談してみようと思った。
今日学校から帰ってきたら話してみようと決心した。
私が学校から帰ってくるといつも通り母は寝室で寝ている。私は「今日は大事な話があるの。」と何度か声をかけながら母を起こした。母はゆっくりと体を起こし少しきつい目で私を見つめた。用があるなら早くして、ということだろう。私は賄い付き新聞配達員の寮に行きたいことを伝え、母の回答を待った。私は喧嘩になることを覚悟してじっと母を見つめていた。「そうね。それが一番お互いいいかもしれないわね。」とゆっくり喋りだした。意外な答えに私は言葉を失った。「私はあなたの授業料は稼げないけど、洋子が稼げるんだったら文句は言わないわ。」と続けて答えた。なんで反対しないのか聞きたかったが、母の心が変わらないうちに話を簡潔に終わらせることにした。
私はその日からに寮に入居する手続きをとるため電話でのやり取りを始めた。入居先の寮の設備のこと、生活のこと、仕事のことも簡単に説明を受けた。新聞配達はもちろん朝が早い、仕事を終えた後に学校に行き、夜も仕分けの作業があるという。きつい生活になることは覚悟しなくてはいけない。ただ私は自分の大学に入るという目標のためなら頑張れると思った。
そして、いよいよ中学生活も終わりを迎える日が来た。卒業式。周りの人はみんなのと別れを悲しみ涙ぐんでいる人もいる。ある集団では「私たちは一生友達、これからも仲良くね。」と話し合っている。私は特にこの学校に思い入れがあるわけではなく、本心など話せる友達もいなく、ただただ無駄なように過ぎていく孤独な日々が思い起こされるのだった。
そして今日は母との別れの日でもある。私は今日から東京に行くのだ。卒業式からまっすぐ家に帰ってくると、いつも通り母は寝室にいた。今日くらいは何か母から話があると思っていたが、自分に対する母の気持ちはこんなものなのかと思ってしまった。私は身支度を済ませ、別れの挨拶をする。手紙で「今までありがとう。」の一言だけ書いておいた。気持ちの入ってない一言だ、なんて思いながら私はこの家をあとにした。もう戻ってくることもないかな。何もいいことなかったしな。
私は5時間電車を乗り継ぎ東京の千代田区にある寮にやってきた。駅からは少し離れている、東京は高層ビルが立ち並んで華やかなイメージがあったけど、ここはこじんまりして人通りも少ないようだ。これから住む場所は1階は新聞配達所だ。ガラス張りの小さい建物だ。夜で暗い中にぽつんとここの建物の明かりがともっている。中に2人の人がいる。一人は40歳くらいの男性でおそらく彼がここの責任者だろう。もう一人は私と同い年くらいの女の子だ。おそらくここで働いている人だろう。男性から支持を受けているようだ。私は2階に目をやった。ドアがふたつある。私はこの一部屋を借りて住むことになるだろう。ここから見る限りでは古い建物であり、狭そうである。しかし、わがままはいってられないな。そんなことを考えながらじっと建物をみつめていた。
さあ、責任者に挨拶に行こう。私はガラス戸を開けて新聞配達所に入っていった。中にいた二人と目が合い「こんにちわ。連絡を差し上げた洋子です。これからよろしくお願いします。」と頭を深く下げながら言った。「こんにちわ。こちらこそよろしく、私は澤屋敷です。そして、こちらは真奈美さんです。」と男性の挨拶があり、女の子が「よろしく。私もここに今日から住むことになった真奈美よ。」と笑顔で答えた。正直もう一人同じくらいの歳の子がいたことに驚いた。「あなたも、ここに住むんだ。よろしくね。」私も笑顔で答えた。よかった二人とも優しそうだ。私はこれからの生活がきっと良いものになると感じた。
澤屋敷「さて、ここの施設の説明、仕事の説明をするよ。明日からさっそく仕事してもらうからね。高校の授業が始まる前にある程度仕事に慣れてもうよ。」
洋子・真奈美「わかりました。」
説明を真奈美と一緒に一時間くらい受けた。トイレ、シャワー、食堂は共同でこのアパートに一つある。洗濯は近くのコインランドリーで済ます。部屋は四畳一室でベットがひとつある。築何十年かは経っているのだろう。カビも所々にある。窓が一つあり住宅街が見える。どんな生活になるんだろう。不安もよぎる。
澤屋敷「さあ、説明はこの変で終わり。今日はご飯を食べてもう寝よう。明日から朝4時起きだよ。」
食堂は配達所のとなりの部屋にある。食堂といっても最低限2,3人くらいが食事できるスペースとキッチンがあるだけだ。そこで一人の40歳くらいの女性が料理を作って待っていた。「今日から、よろしくね。料理担当の浅田よ。」と笑顔で答えた。
洋子・真奈美「よろしく、お願いします。」
今日の料理はご飯、味噌汁、鮭だ。質素な料理であるが、味はよかった。真奈美と一緒に食事するついでに真奈美のことを聞いておこうと私から話しかけた。歳はやはり同じで、4月から同じ学校に通うことや、親が借金をかかえてしまい、親から高校に通う費用はだせないからこの寮に来たことなど聞いた。
「ご馳走様。おいしかったです。おやすみなさい。」
食事を済ませ食堂を後にし、部屋に向かう。
真奈美「それじゃ。明日から頑張ろうね。おやすみ。」
洋子「うん。おやすみ。」
と声をかけそれぞれの部屋に分かれた。私は嬉しくなっていた。私と同じような状況にいた人がいるなんて思っていなかった。彼女となら何でも分かり合えそう。初めて心を許せるような友達ができるかもしれない。ベットに入り薄暗い天井を眺めながら私は初めて希望を抱いて生きていけるんだと思った。暖かい涙が一粒頬を流れた。
朝の四時目覚ましがなる。まだ外は薄暗い。私はまだ重たいまぶたをこすりつけ、洗面を済まし食堂に向かう。
真奈美「おはよう。急いで食べないとね。」
真奈美はもう食堂にいた。食事を済ませ、配達所に向かう。
澤屋敷「おはよう。今日は洋子は○○地区、真奈美は△△地区をまわってもらうよ。地図にどこを回るか書いておいたよ。次からはこの経路計画も自分で立ててもらうけど、今回は僕がやっておいた。今日はまだ学校がないから時間は9時までかかっていいけど、学校が始まったら7時30分までに終わらせないと授業に間に合わないから、あと2週間で仕事になれて早く配達できるようになってくれよ。」
仕事の説明を受け、私たちはそれぞれの配達場所に向かった。配達場所をまわりながらこれから生活する街の風景を見て回った。これからどんな事がおきるんだろう、と思いながら。でも真奈美と一緒なら楽しんでいけそう。一人で笑顔になってしまっていて、いけない仕事中だ、気を引き締めた。やっぱりここは思ったより都会という風ではない。テレビで見るような高層ビルがあるわけではない。でもやっぱり大きな通りに来ると交通量は自分が住んでた場所よりはるかに多い。こんなに大勢の人が住んでいるんだな、東京は。
地図上の印や住所リストを頼りにポストに新聞を入れていく。東京の住宅街の道は入り組んでいる所が多く、地図だけではわかりにくいところも多い。やはり目標の7時30分には終わらせることができなかった。真奈美はうまくやっているのかな。
私が配達所に戻ったのは8時45分だ。真奈美はもう帰ってきていた。
澤屋敷「ごくろうさん。今日はこれから経路計画の立て方や、配達記録表の書き方を教える。そして夕刊は自分の作った地図で配達してもらうよ。」
そうか。学校がない日は夕刊も配らなくてはいけない決まりだった。休憩もほとんどなく経路計画を夕刊を配る。そして、配り終えると次の人の経路計画を立て、仕分け作業をしてやっと今日の仕事が終わった。
夕飯の時間がやってきた。真奈美とゆっくり話せる時間でもあり、この時間を楽しみに待っていた。
洋子「ああ。疲れたね。」
真奈美「うん。私、仕事だけで一日の体力全部使っちゃいそう。」
洋子「これから学校が始まると授業もでなきゃいけないし、宿題もあるし。大変だね。」
真奈美「今は手際が悪くて仕事の時間がかかりすぎちゃっているけど、早くなれないと宿題やる時間もとれなくなっちゃうね。」
洋子「大変だけど真奈美と一緒なら頑張れそう。」
真奈美「うん。私も。」
洋子・真奈美「うふふ。」
二人は同時に笑顔になった。
真奈美「じゃあ、明日も頑張ろうね。おやすみなさい。」
研修期間とも言うのだろうか。学校が始まるまではこんな日が続いた。私は真奈美と一緒にいられるのが嬉しかった。私たちは親友となっていた。今まで話したくなかったこともあったけど真奈美は受け入れてくれた。そして私たちは「一緒に同じ大学に行こう。」という約束を立てた。正直辛い生活になるだろうけど同じ大学に入ることを目標に頑張っていこうと誓った。
そして学校が始まった。真奈美とは違うクラスになってしまったけど、一緒の学校にいるというだけで安心できた。朝は4時起き、朝の配達を済ませ、学校に行って、帰ってくるのは16時になる。宿題を終わらせて、夜には仕分け作業、経路計画を立てる作業をやり、寝るのは23時くらいなる。5時間の睡眠をとりまた朝には4時に起きなくてはならない。こんな生活が毎日続いた。他の友達と遊ぶこともできない。新聞配達で稼いだお金はほとんど授業料、家賃代で消えてしまう。周りの人は化粧などし始める頃であるが、私にはお金も時間もなく、やりたくてもできなかった。授業も配達の疲れで寝てしまうこともあり成績は悪かった。先生には寝ないようにと注意させることも多くなってきた。周りからは「眠りのよっちゃん」なんてあだ名なんてつけられたりした。でも私は辛くなかった。私には一緒にいられる友達がいる。真奈美がいる。真奈美は私を理解してくれる、私は真奈美を理解している。信頼されている。お互いがお互いの状況に共感できる。私は一人じゃない、と強く感じた。この生活がずっと続いてもかまわないと思った。
しかし、それは叶わないことになるのだった。
