John's BOOROCKSブログ-I Love The Beatles, Fender Guitars & Movies! -27ページ目

John's BOOROCKSブログ-I Love The Beatles, Fender Guitars & Movies!

ハンドメイド・エフェクター・ブランドBOOROCKS(ブロックス)のスタッフによる、音楽(BEATLES & Fender)と映画の気ままなブログ。

まだリハビリ中のJohnです。今日もビートルズに関連する事実に基づいた話をお送りします。お楽しみください。



モンキーズ


 1964年、ビートルズがアメリカに上陸し、快進撃を始めるとアメリカのアーティストたちに絶大な影響を与えてポップ業界を一変させた。指を咥えて見ていたスクリーン・ジェムスのバート・シュナイダーとボブ・ラフェルソンは、強烈な印象を植え付けられた。その後ビートルズが内省的な曲を演奏するようになり、明るく楽しい姿が影を潜めるに及んで、スクリーン・ジェムスの二人は初期のビートルズの姿を模倣して、ティーンエイジャーにぶつければ、あの騒動が再現できるのではないかと踏んだ。そして1965年。オーディションによって4人のメンバーが集められた。花形となるポール役にデイヴィー・ジョーンズ、思索的なリーダーであるジョン役にマイク・ネスミス、コミカルな愛されキャラのリンゴ役にミッキー・ドレンツ、ややミステリアスなジョージ役にピーター・トークという面々だ。

 バート・シュナイダーとボブ・ラフェルソンの採った手段は秀逸だった。『A Hard Day's Night』を模して、メンバーにドタバタ喜劇を演じさせ、お茶の間に広まったばかりのテレビを通して個性を際立たせたのだ。そしてさらにデビュー曲選定に当たっては当時ヒットしていた「Paperback Writer」を研究して、ギターによる印象的なリフのはいったロックンロール・ナンバー「恋の終列車」を選んだのだ。一説によるとこの選定に当たって、コンピュータが使われたと言われている。売り出しにメディアを使うことや、コンピュータの活用など、まさに二人の先見性の証と言ええよう。この大々的なオーディションにはビートルズの影響を受けた多くのアーティストが参加した。例えば、CSN&Yのスティヴ・スティルス、ラヴィン・スプーンフルのジョン・セバスチャン、ヴァン・ダイク・パークスなどだ。

 1966年、満を持してテレビ・シリーズが放映されると、ビートルズ所期の熱狂が再現された。バート・シュナイダーとボブ・ラフェルソンの目論見がまんまと功を奏したのだ。モンキーズと名付けられた彼らは、この二人の期待に沿う形で人気を博していった。しかしモンキーズのメンバーには音楽的自由は与えられず、作曲もプロが行い、演奏もプロのミュージシャンが使われた。人気がうなぎのぼりとなるのと対照的に彼らの不満は高まっていき、3枚目のアルバム『Headquarters』では自作曲と自分たちの演奏に拘るなど、制作側との溝が深まっていった。
 1967年には世界ツアーが行われ、4作目のアルバム『(Pisces,Aquarius, Capricorn & Jones Ltd(スター・コレクター)』がリリースされ、1968年に日本を含む環太平洋ツアーが組まれるが、ツアー後ピーターが脱退。その後、『The Birds, The Bees and The Monkees(小鳥と蜂とモンキーズ)』『Instant Replay』とリリースされるも、売上は右肩下がりだった。
 そして1969年、マイクが脱退し、遂にモンキーズはデイヴィー、とミッキーの二人だけとなり、1970年に解散している。あれほどの人気を集めたグループとしては、非常に寂しい末路だったと言えよう。