日本のロック黎明期の記憶(その33)/日本のロックVS日本のフォーク(2) | John's BOOROCKSブログ-I Love The Beatles, Fender Guitars & Movies!

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私自身が体験してきた日本のロック黎明期の話です。これまで1970年代前半を彩った多くの伝説のロック・バンドを紹介してきました。今回も昨日に続いて、少々視点を変えた1960年代から1970年代当時の日本のロック・シーンの中でのロックの発展、特にグループ・サウンズとフォーク・シーンとの関わりを中心にした話です。

1967年に沢田研二を擁するザ・タイガースがデビューすると、本格的なグループ・サウンズのブームがやって来ました。その最大のターゲットとなったのが団塊の世代の10代の女性達でした。しかしこのブームは長くは続かず、1970年には下火になっていきました。その理由はタイガースが頭一つ抜け出た形で売れたため、その路線を意識的に狙うグループが増え過ぎたことがまず挙げられます。加えて、グループに参加していたメンバーの中でも元々ロックを志向していた者もいて、歌謡曲路線を嫌った者も多く、彼らがグループ・サウンズから離反していったこともその理由でした。言わば、取って付けたようなブームであったため、流行を定着させる力がグループ・サウンズ・ムーブメントには不足していたのです。


(ザ・タイガースの名作アルバム『ヒューマン・ルネッサンス』)

一方、団塊の世代の一部は、ボブ・ディランに代表されるフォーク・ブームから、思想性を薄めたソフトなPPM(ピーター・ポール&マリー)などが日本でも静かなブームとなり、その方向性を志すアーティストやグループも出現し始めていました。フォークはその中で、思想と結びついたハードな路線とポップな路線とに別れて行き、ハードな路線はやがて1960年代末に登場する、本格的なロックの一部に引き継がれ、ソフトなフォークが全盛を迎えます。

1960年代末から学生を中心にして顕著になったアコースティック・ギター・ブームにより、カレッジ・フォークと呼ばれるブームが巻き起こります。これは先のソフトなフォークの流れを汲むもので、この中から加藤和彦を擁するフォーク・クルセダースが登場、さらに現在活躍しているフォークの大御所、吉田拓郎、かぐや姫(南こうせつ)などが登場することになります。

特に吉田拓郎の登場は、大きなエポック・メイキングとなり、大きな人気を集めました。彼もボブ・ディランの影響を受けているのですが、面白いことに思想性は薄く、ディランの作曲法に影響を受けているのが明らかですね。やがて、拓郎は、日本の音楽界の一角に食い込み、フォークの一時代を築きます。この時点では、日本のロックは、フォークに大きく水を開けられることになります。ある意味、日本においては本格的なロックの流行する土壌は、まだまだ定着していなかったと言えそうです。

この続きはまた明日に。