ブライアン・ウィルソンの世界(その8)/『Please Let Me Wonder』(1) | John's BOOROCKSブログ-I Love The Beatles, Fender Guitars & Movies!

John's BOOROCKSブログ-I Love The Beatles, Fender Guitars & Movies!

ハンドメイド・エフェクター・ブランドBOOROCKS(ブロックス)のスタッフによる、音楽(BEATLES & Fender)と映画の気ままなブログ。

ビートルズと並んで世界に大きな影響を与えていたビーチボーイズのブライアン・ウィルソンは、レノン、マッカートニーと並んで大好きなアーティストです。そのブライアンのことを好き勝手にお話します。今回からは、ビーチボーイズのあの名曲『Please Let Me Wonder』の話です。


(シングル「Do You Wanna Dance(踊ろよベイビー)」のB面に収録されていました。)

ブライアンは皆さんご存知の通り、50年代末から60年代初期のアメリカン・ポップスをこよなく愛していました。彼の音楽的素養は、すべてその時期の楽曲の影響下にあったと言っても過言ではなかったでしょう。その中でも特に愛したのが、かのフィル・スペクターでした。この「Please Let Me Wonder」にもフィル・スペクターの影響が多々見られます。曲調はもちろん、アレンジに関しても大いにスペクター・サウンドを模範としていることが判りますね。その判り易い例が、日本でもフィル・スペクターをリスペクトする大滝詠一氏のサウンドと比較してみれば、両者の共通点が見えてきますでしょう? その共通点こそがフィル・スペクターからの影響ですね。

ブライアンは、フィル・スペクターのレコーディング手法を相当に学んでいます。実際にフィル・スペクターのレコーディングに参加したこともあり、その手法をその目で学びました。そして自身の現場においてそれを再現するために、1965年頃にはレコーディング現場でビーチボーイズのメンバー達に演奏させず、スタジオ・ミュージシャンを使う様になっていました。
実際にこの時期、ブライアン自身もツアーが重荷となっていたこともあり、ツアー・メンバーとして、グレン・キャンベルを替わりに立てて、彼自身は作曲とプロデュース業に専念する様になっていますが、それにはもう一つ理由がありました。ブライアンの精神状態は不安定になり、精神科医にかかり始めたのもこの時期からだったのです。

ブライアンの精神状態を不安定にさせる要素が、彼の周りには山ほどありました。まずは彼の父マリー・ウィルソンの存在です。そしてキャピトル・レコードとの諍い。キャピトルからプロデューサーの席を勝ち取ったブライアンでしたが、ビートルズの快進撃も彼にプレッシャーを与えていました。そして、メンバー、特にマイク・ラブの存在が彼にとって大きな重荷となっていました。

マイクは、サーフィンとホットロッドを中心としたビーチボーイズの過去の栄光から抜け出せずにいて、「Please Let Me Wonder」のようなバラード系の楽曲を好んではいませんでした。一つには、バラード・ナンバーですと、彼の出番がほとんどないという理由が大きかったのだと思います。

この続きはまた明日に。