ジャックスは、存続している時期には全くと言って良いほどに評価されなかったバンドですが、1970年代末以降、パンクロック・バンドからの大きな評価を得て、俄然注目を集めるに至りました。1986年には彼らに関する事柄のほとんど全てを網羅する、図書『定本ジャックス』(SFC出版、黒沢進・高護共著)が発表され、謎に包まれた彼らの実像が見えてきました、

(『定本ジャックス』の表紙)
実は彼らのセカンド・アルバム『ジャックスの奇跡』を聴いた時に謎だった事が幾つかありました。早川義夫の曲の幾つかを、新加入のドラマー、つのだひろが歌っているのです。この理由が何故だか判らなかったのが一つ、抜けたはずの水橋春夫が数曲参加していることが一つ、フォーククルセダースの加藤和彦が多くの曲で参加していることが一つ・・・などなど、これらの謎を前述の『定本ジャックス』が解き明かしてくれました。
それによると、セカンド・アルバムのレコーディング時に、脱退したはずの水橋氏がスタジオに来ているのを見て、早川氏はレコーディングを拒否して、スタジオを出て行ったとの事。水橋氏を呼んだのはメンバーの木田氏だったのですが、一度辞めた人間が居ることを早川氏は許せなかったようです。苦肉の策として、録音予定だった早川氏の曲をつのだひろが歌ってレコーディングを完了させたということでした。また加藤和彦氏が参加したのは、やはり早川氏の不在でサイド・ギターが居なかったため、ディレクターの朝妻一郎さんが呼んだものと思われます。
しかしこれらの曲を、早川氏が歌っていたらどんな仕上がりだったのかと気になっていたのですが、1989年にリリースされたボックス・セット『ジャックスCDボックス』の中の『ジャックス・ショウ』の中に、早川氏の歌う「ロカビリー・ジョー」のタイトルで「ジョーのロック」が収録されていました。また「Dm4-50」も、早川氏の歌うデモ・ヴァージョンが同ボックスの中の『ジャックス・コンプリート・リアリゼイション』に収録されていました。これらは想像通りにパンキッシュな仕上がりで、興味深かったですね。
余談になりますが、長年不本意な諍い状態のままだった早川氏と水橋氏は近年和解し、一緒のステージに立ったようです。嬉しい話です。
1960年代末の時点の日本において、洋楽ファンは確実に育っていた訳ですが、それに対応する音楽業界側が、まだロックをビジネスの素材として考えることが出来なかった時代でした。しかし、そんな時代に登場したジャックスが作り上げた楽曲の世界観は、まさしくロックに通ずるものであり、それゆえに彼らは早過ぎたバンドとして今でもロック愛好家の記憶に残こされているのでしょう。
日本のロックの黎明期の話は、また日を改めて!