まずは1969年末にリリースされたスタジオ・アルバムとして3作目『Then Play On』。ピーター・グリーンの参加した最後のアルバムです。基本的にはブルース・アルバムなのですが、前のスタジオ盤2作と比較すると、よりロック色、ポップ色が強く打ち出されて、泥臭さは影をひそめました。シングルとなった「Oh Well」が出色。インストナンバーも多く収録され、ピーター・グリーンのギターが堪能できます。彼にとって、丁度クラプトンの『Layla』のような転機になるアルバムとなったはずなのですが、この後薬物使用による精神疾患でグリーンは第一線から姿を消してしまいます。ここからフリートウッド・マックの迷走が始まります。

そしてスタジオ・アルバムとして4作目『KYLN HOUSE』は、ピーター・グリーンなしで制作され、グリーンに変わってジェレミー・スペンサーが舵取りを行いました。ポップ感がより強まって、それに伴ってブルース色は後退し、カントリー調や何故かオールド・ロックンロール調のナンバーが増えています。
しかしながらここでも中心メンバーとなったスペンサーが薬物使用と、新興宗教への傾倒により脱退。再びバンドは窮地を迎えます。
そして1971年に5枚目のスタジオ・アルバム『Future Games』が制作されます。今回、バンドの舵取りをしたのは、前々作『Then Play On』からメンバーに加わったダニー・カーワンでした。そして特筆すべきは、オリジナル・メンバーであるジョン・マクヴィーの妻・クリスティン・マクヴィーと、ギターのボブ・ウェルチが加入した事。後に中心的な役割をこなす二人の加入は窮地にあったバンドを救う事になります。バンドはここで音楽の方向性を変え、アメリカン・ロックのテイストを強めて行きます。アメリカ人のボブ・ウェルチを参加させたのもその布石と言えましょう。
結果的にウェルチの参加が大きな効用をもたらし、フリートウッド・マックは、アメリカでの知名度を増大させる事に成功します。
この成功により、アメリカン・ロック的な方向性がさらに強まり、続くアルバム『Bare Trees』ではウェルチの色合いがさらに濃くなっていきました。しかしこのことがバンドに影を落とす事になります。音楽の中心的な役割を担っていたダニー・カーワンが精神的に病んでしまったのです。一説には、新加入のウェルチの才能に嫉妬したということです。ようやくバンドの方向性が見えたという時期だったのに、再びバンドは危機を迎える事になるのです。
この続きはまた明日。