その中でも一際異彩を放っていたのが、1970年代に登場したテレクスター・カスタムと、テレキャスター・デラックス、テレキャスター・シンラインでした。これらの機種が作られた裏には、様々な背景があったのです。今日はそれをご紹介しましょう。

(我が愛器の一つ、Fender Telecaster Deluxe)
1960年代、ビートルズの登場に続くイギリス勢の侵攻、いわゆる「ブリティッシュ・インヴェイジョン」によって、アメリカのポピュラー・ミュージック界は大きく様変わりしました。その中でも特徴的だったのは、アメリカでは下火になっていたブルースを基調としたブリティッシュ・ブルースの活躍でした。その代表格であったクリームを率いる若きエリック・クラプトンの演奏は、アメリカ中のギタリスト達を熱狂させたのです。
当時のクラプトンは、ギブソン・レスポールを代表とするハムバッキング・ピックアップを搭載したギターとマーシャル・アンプ3段積みの組み合わせによって、強力なディストーション・サウンドを生み出していました。この大きなインパクトによって、1960年代後半のポップ・ミュージック・シーンは一時、ギブソンの天下となり、あのストラトキャスターでさえ、製造中止寸前にまで追い込まれたのです。
フェンダー社ではこの事態に対処すべく、新たな商品企画を練り直していました。その結果、ギブソン・ギターのディストーション・サウンドの要である、ハムバッキング・ピックアップの開発に着手したのです。フェンダーが最初に行ったのは、ギブソンのハムバッキング・ピックアップの開発者である、セス・ラバーをヘッド・ハントすることでした。
こうした戦略はアメリカではよくあることで、フェンダーでもこれ以前に、リッケンバッカーのギター開発者であったロジャー・ロスマイズルをヘッド・ハントし、アコースティック・ギター、エレクトリック・セミアコースティック・ギターの開発を担当させるという手法を採っています。
実は、当時ギブソン社が保有していたハムバッキング・ピックアップのパテントが、1969年にオープンとなることが明らかになり、その時期を狙ってフェンダー社でもハムバッキング・ピックアップに対応したギターを発表すべく、企画を進めていたのでした。それがテレキャスター・デラックス、シンラインとして結実するのですが、その話はまた明日。