1965年の年末リリースのためのレコーディングが始まったのは、同年10月初めの事でした。僅か一ヶ月半のレコーディング期間でしたが、このレコーディングほどビートルズのポテンシャルの高さを発揮したアルバムは、それまでありませんでした。これ以降、ビートルズが自ら作ったこの限界をひたすら超えていき続けるのです。そのアルバムが『Rubber Soul』でした。

1964年、全米に大きな衝撃を与えたビートルズの上陸で、ポップ・ミュージック界は大きく様変わりを余儀なくされました。1950年代末のロックンロールの台頭を牽引したエルヴィス・プレスリーは兵役に就き、次世代のロックンロール・ヒーローとして大きな期待を寄せられていたバディ・ホリーも飛行機事故で鬼籍に入ったことで、ロックンロールの波は途絶えました。その後のポップ・ミュージック界は、プロの作曲家とスタジオ・ミュージシャンなど、レコード会社主導で生み出されるアメリカン・ポップスに牛耳られていました。そんな時にロックンロールを復権させたのがビートルズでした。
ビートルズの登場により、イギリスのミュージシャンが大挙、アメリカに侵攻しました。「British Inventions」と呼ばれるムーブメントがそれです。これにより、イギリスで独自に発展していたロックンロールとR&Bがアメリカに逆輸入され、それに触発されたアメリカのミュージシャンが呼応します。アメリカ側からの、ビートルズへの返答となるサウンドが、バーズなどによって生み出され始めたのです。またビートルズの影響により、ボブ・ディランさえ、アコースティック・ギターをエレキギターに持ち替えたのでした。
初期ビートルズのロックンロールの模倣が、アメリカでも数多く作られたのです。しかしその時期、当のビートルズは既に、彼らの手の届かないところに行っていました。このアルバム『Rubber Soul』で、それ以前とは全く異なるビートルズが姿を現していました。そこには単純なロックンロールはもう無く、単純なラブソングさえ無かったのです。「Norwegian Wood」「Nowhere Man」「Girl」などでは、ジョンの詞がアーティスティックな境地にまで進化を遂げ、「Michelle」「In My Life」では、新たなバラード・チューンを聞くことができます。またジョージによって持ち込まれたインドの楽器、シタールの使用によって、来るべきサイケデリックのウェーブを予感させました。
この続きはまた明日。