ビートルズ/1960年シルバー・ビートルズ時代(その2) | John's BOOROCKSブログ-I Love The Beatles, Fender Guitars & Movies!

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1960年当時のビートルズ(まだジョニー&ザ・ムーンドッグズと名乗っていました)の話の続きです。

アラン・ウィリアムズの主催したロックンロール・コンサートへの出演を逃したジョニー&ザ・ムーンドッグズ(ビートルズ)だったが、'60年5月3日、予定通りに開催されたアラン・ウィリアムズのコンサートは大成功を収めました。ロンドンの一流興行師、ラリー・パーンズはリヴァプールのバンドのパワーに深い感銘を覚え、自分の抱えているアーティスト、ビリー・フューリーのバックバンドをリヴァプールで探すことにしたのです。そして、そのオーディションは、一週間後の5月10日と決定しました。

ビートルズがオーディションに参加するためにドラマーが必要でした。彼らはドラマー探しをアラン・ウィリアムズに依頼、アランはキャス&ザ・キャサノヴァズのキャス(ブライアン・キャサー)に相談し、キャスの紹介によりトミー・ムーアという25歳(30歳を超えていたという説もあり)のドラマーがビートルズに参加することになりました。
この時期までにジョニー&ザ・ムーンドッグズはバンド名を変更しています。当初はスチュのアイデアでビータルズ、そしてジョンがビートルズを思い付いたのですが、キャスが勧めたロング・ジョン・シルヴァー&ザ・シルバー・ビートルズから、単にシルバー・ビートルズと名乗ることに決定したのでした。

メンバー5人が揃ったシルバー・ビートルズは、アラン・ウィリアムズの店で5月10日に行われたオーディションに臨みますが、当日トミー・ムーアが遅刻したため、キャサノヴァズのドラマー、ジョニー・ハッチンスン(Johnny Hutchinson)が手伝うことになっています。キャサノヴァズのメンバーは名人揃いで、ハッチンスンとギターのブライアン・グリフィズ(Brian Griffiths)、ベースのジョニー・ガスタフスン(Johnny Gustafson…後にロキシー・ミュージックに参加)の3人で後にビッグ・スリーを結成し、「Some Other Guy」をヒットさせています。
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(Big Three のライブ・アルバム)

このオーディション時の写真も残されており、ハッチンスンの気乗りしない様子が見て取れます。この写真でも見られますが、ビートルズの当時のユニフォームは黒のジーンズ、黒のシャツ(冬は黒のセーター)、黒のテニス・シューズといった具合に黒尽くめでした。

オーディションの結果、ラリー・パーンズはビートルズを気に入るのですが、スチュを外すように要求したためビートルズが拒否、結局ビリー・フューリーのバックバンドの仕事には在り付けませんでした。
しかしビートルズを気に入ったパーンズは、彼の抱えるジョニー・ジェントルの、スコットランド・ツアーのバックバンドの仕事をビートルズに回してきたのでした。これがビートルズにとって、初めてのプロとしての本格的な仕事だったのです。

この続きはまた明日。