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ことのは

日々のことを綴っています。

https://youtu.be/QeGw4240sEA

GLAYの名曲といったら、これをあげる人も多いのでは。GLAYファンではなくとも知っている曲。
若干、聴き飽きた感もあるのですが。この曲が発売された当初は何百回いや、千回とか超えているんじゃないかくらい聴いていた。
それでもこのイントロが流れるとあぁ……と思い感動してしまうのです。
最近では「ヤスエバー」なんて言われているけど。TERUがままならないキーボードだっけ?弾きながら演奏されたことや、TERUとTAKUROで演奏されてこと。色んなかたちで演奏されたりするけど、やはりこの4人。バンドとして演奏されるものに勝ることはなく。
そしてCDでは感じることのできなき感動を届けてくれるのです。一緒に口ずさんでもいいし、ただ聴き惚れるのも良し。


一時期私の中でブームになって今でもライブの時は時々つかっているGLAYとvacationの曲。この日産ライブの前髪greatvacationツアーだったはず。このツアーはロゴが可愛くてGLAYにしては珍しくツアーグッズも可愛かった。そしてライブも楽しかった。仙台しか行けなかったけど。仙台のライブ開演ギリギリに相方ちゃんが到着してライブに間に合うかドキドキだった。当時は福島に住んでいて、終わったらそそくさと新幹線で帰っていたっけ。


このイントロ!
爽やかな曲。当時は誘惑と一緒に発売されて、友だちとどっちが好き?なんて話してました。
もうこれはMVが最強。今回のはライブ映像だけど。あの楽しそうなメンバー。

これは出だしだけで泣きそうになる。
そして高確率で泣いている曲。
ライブとかになるとメンバーの映像や過去の映像と一緒に流れることも多くその写真と歌で涙が止まらなくなります。
GLAYの10周年記念の東京ドームは最初は行く予定ではなかったんだけど……というか当時は一人でドームに行く勇気がなくて行けなかった……けど、相方ちゃんがこの曲をドームで聴きたいからやっぱり行こう!ってなって東京ドームのライブに行った思い出。
それから東京ドームでまたつづれ織りを聴くと信じて10年過ごしたのもGLAYファンの凄いところ。
10周年ライブはこの曲のイメージが強いです。とてもとても大切な曲。
因みにこのTAKUROさんのライブ映像は確か10年以上F.Cに入っている人限定だったはず。私は一度、更新し忘れて継続出来てなかったので申し込みできず……。トータルで優に10年以上会員だったのに申し込みすること出来なかった。

続く。

昨日、友達とGLAYの話からYouTubeでGLAYの動画を漁り続け思い出と共にTwitterで呟いていたけど、流石に周りに迷惑だろうと自重。

ブログだったら迷惑かけずに語れるのでは……とやってきました。

語り出したきっかけはこの映像から。

GLAYのライブに行った回数は少なくないけど、これほど圧巻されたのはない。
これは埼玉の映像だけど、私的には宮城のが一番圧巻だった。感動とかじゃない。ただTERUの歌、世界が一瞬にして別世界につれていかれた。
人生における壮大なBGMが流れてきたという感じ。
このツアーは静岡、宮城、大阪、埼玉と行った。
このツアー自体が凄い楽しくって楽しくって。美しく完成されていた世界だった。
このツアーでミニヒサシというツアーグッズが発売されてHISASHIファンにはなくてはならないグッズとなった。因みに私は当初高い!と買わなくって後々まで後悔することになる。数年後に友だちがサプライズでプレゼントしてくれてさらに大切なものとなりました。私のHISASHI好きに圧倒されて私が持っていた方がいいと託されました。

音源で聴いたには……どうした??GLAY……いや、これがGLAYの普通でもある。それにしてもダサ……って思ったけど、ライブでやると楽しい。普通に楽しい。
「どうして」って言いたい!!拳を突き上げたい!
日常できくことはないけど、ライブでは凄い楽しい。

この曲はあまりライブではお目にかからないけど、結構好き。でもサビのところの手の振りがイマイチ曲に合わせられなかったり。私の音感の問題だけど。
一番最初のHotel GLAY。日産スタジアム。これがもう10年くらい前?恐ろしや。
一緒に行ってくれる友だちがいなくって一人で行った。凄い暑い日だった。
遠くでみていたわたしはHISASHIの熱中症事件には気づかなかった。

続く

今年になって読んだ本たち。

禁じられた遊び
ほしの子
ひとんち
なかなか暮れない夏の夕暮れ
美しい距離
静かな雨
四季を読む
サイレント トーキョー
乳と卵
かわうそ堀怪談見習い
あたしの一生
サイレンス
事故物件7日間監視リポート
朝が来るまでそばにいる
ことり

「ことり」が優しいのにとても悲しいような切ない話だった。

ポーポー語という言葉を話すお兄さんとその言葉を唯一理解できる弟。ずっとお兄さんに寄り添って、お兄さんが亡くなった後も静かに生きていく弟の話。


幸せなんて側からみたら分からないもので。
幸せなことがことりことりと外れていく。
それでもその中でさり気なく幸せは散りばめられて。
彼らは何もしていない。ただただ静かに日々を二人で紡いでいくはずだったのに。

ただ、鳥小屋の小鳥を遠くからみんなの迷惑にならないように静かに眺めているお兄さん。
そのお兄さんの脇を異質なものと関わりあいたくないと大袈裟に避けていく人。

幼稚園の鳥小屋の掃除をする弟。
ある事件がおきて、あらぬ疑いをかけられて鳥小屋の掃除を断れてしまう。そして道行く人たちに避けられることも。

何故か住んでいる地域には彼らのことを知っている人は沢山。ほぼ他者との交流を持っていないのに。

何もしていないのに。
彼らは静かに幸せに暮らしいているのに。
確かに日々、鳥小屋を眺めている人がいたらちょっとした噂になるだろう。そうやって彼らの穏やかな生活を侵しているのは私なのかも知れない。

二人で生活している時に確かに彼は幸せだったと思う。
でも私はそのひとたちをみたら、幸せだと思うだろうか。異質な人たちと思ってしまうかもしれない。

他者には分からない幸せ。
その幸せを侵さないように生きたいと思った。

そして私の幸せも。

物語のなかで弟さんの出会いと別れ。そして日々は過ぎていく。

「ことり」というタイトルだけをみて私は黄色い小鳥を思い浮かべる。なんてことない、小鳥がヒヨコに変換されてしまったからだ。

でものこの物語は色に例えるなら淡い黄色だと思った。
優しい色合いなのにどこか寂しげな黄色。
それはお兄さんを失った弟さんの色ななかもしれない。