昨晩、メバリング行ってきた自転車




まず、釣具屋からのちょっと遠出。


それから、いつものボウズなしポイント。


20UPしか釣れない穴場ポイント。


などなど・・・・他数ヶ所。




どこいっても・・・・・・・・


めちゃ、渋かった汗



今季のメバル釣り初の・・・・・・・・・


ボウズ・・・・・



になるのか・・・・と焦りまくりました( ̄_ ̄ i)


途中まで。



途中から、一安心DASH!







で、今回の驚くべき釣果は!!



☆臥薪嘗胆☆~WITH NO ANXIETY WITH PREPARATION ~『躍進』-130209_1818~01.jpg

はい!これです(爆笑)







すんません!ボケです。


なんとか魚は、釣りました汗


7センチのメバルwwwwwwwwwwwwwwwwwwww1匹。



で、ボウズを逃れるのが、精一杯(泣)



よって、


今季メバル釣り史上最悪の釣果となりましたダウン



ちょっと・・・・水温の変化や気温の変化がデカカッタのか?


潮が悪かったのか・・・・釣り方が悪かったのか・・・・活性低すぎなのか・・・・・




原因不明ですが、久しぶりに・・・・・・


メバルに大敗A=´、`=)ゞ




しかーーーし、釣り好きならわかるはずアップ


こういう日があるからこそ、釣りってもんは・・・・



好きになる(*^ー^)ノし好きなンかなチョキ



だから、やめることもできない(笑)



釣れなかったら、どうしても・・・・リベンジ行きたくなります。


マジで宿題頑張って、月曜の夜までに終わってたら、リベンジ敢行音譜





金で釣れたもんは、地元釣具屋近くの



新しくできたラーメン屋の、チャーシュー丼にラーメン!


旨かったグッド!



1週間後、バレンタインデー!!



正直、2月14日は、嫌いでした(笑)



チョコもらえるのは、えんやけど、

当時同じクラスだったりして・・・・・わざわざ家に来てくれてたんやけどww

なんか、恥ずいわ(笑)


そういう意味で、あんま好きじゃなかったw


くれないだろうと思って、サイクリング行って帰ったら、家にあったとか・・・

そんなんもあったり・・・・・



小学の頃なんか言うたら、

とある年下の仲良い子、2,3人家に来て、遊んでるときに持って来て、


焦ったとか(*^o^*)

中で遊んでて助かった~(笑)


4~5回だけど、いろんなエピソードがあるわ(*゜▽゜ノノ゛☆




けど、もっと嫌いだったのは、

2月14日が嫌いになる年の3月14日!!


これまた・・・・・


返すの・・・・・いや・・・・・あせる


恥ずい(笑)


明日学校で会うしーーーみたいな。



もらった人だからこその意見になちゃって、すいません(笑)


別の意味で嫌いな人・・・・・



気に障ってたら、すんません(汗)





別件・・・・


いつか、どこかの誰かさんから、


聞いた・・・・あの噂!



3月31日をもって閉店するらしい!!


地元のボウリング(-_☆)



まぁ、こっちにいるのもあと1年だろうけど、

楽しむ場所が減ると思えば・・・・・ダウン



それ以降の拠点である・・・・・


大学はどこにいけるだろう・・・・・・・?


愛媛大・香川大・山口大(以上国立)


近畿大・大阪工業大・広島工業大(以上私立)



夏休みの、大阪旅行的には、


上2つの大学なら、行って見たいかなーとか思えたし、


特に、大工大になれば、



横に、バスアングラーばっかの川あるし、


海もそんな遠くない!



全ては、学力次第!



終わりパー

今日の夕方・・・・・


祖母のお見舞い途中のとある道で、後輩に遭遇(笑)


近くなっても、気付いてないようだったから、手をあげた・・・・



気付かぬ理由はなんだったんだろうwww



で、すれ違いざまに、


すんげぇーリアクションドンッ



その理由は、これかな???


☆YES I CAN!☆-サイクリング 002.jpg

よほど、チャリをすごく感じたんかな。


めっちゃ、走りやすい音譜




夜は、釣り行って、


こんなん釣り上げた音譜

楽しかったーーーーーー!


☆YES I CAN!☆-130202_2108~01.jpg



先日、二十歳になった日の出来事です。

「一日でいいからうちに帰って来い」

東京に住む父にそういわれ、私は就職活動中なのにと思いながらしぶしぶ帰りました。
実家に着いたのは夜で、祖父母と妹はもう既に寝静まっていました。


父だけが起きていて、そのあとしばらく現状を話していたのですが、会話もとぎれ、さぁ寝ようという時、いきなり父は一枚の写真を私の前に差し出しました。
それは、父が若いころの写真。隣には綺麗な女の人が写ってる。

「お前と**(妹の名前)を産んでくれた母さんだ」

父はそういって、初めて本当のことを話してくれました。

母はあまり体が強い人ではなかったそうです。
私を産むのですらやっとで、未熟児だった私よりずっと後に退院したこと。
妹が出来たとき家族中の反対を押し切って産むと決めたこと。
生まれたばかりの妹と、私を抱いて死んだこと。
私達姉妹の名前は母さんの名前から取ったこと。
母さんが寂しくないようにと、私達の写真や父さんとの昔の思い出の写真を、全て棺に入れたこと。
だけどそれでは悲しくて、一枚だけ取っておいたこと。

セブンスターをいつものようにふかしながら、父はいつもより歳をとって見えました。

「お前達にお母さんがいなくて寂しい思いをさせたこと。コレが一番お前達に申し訳ないと思っている。すまなかった!」

父さんはそういって、私に泣きながら土下座をしました。
写真の中の父と母の笑顔が、とてつもなく切なかった。

母がいない分、祖父と祖母に育ててもらうのが多くて、それが当たり前だと思っていたから寂しくなんて無かったのに。

土下座している父と一緒に、私も泣いてしまいました。

父は私達が二十歳(大人)になるまで、このことをずっと一人で抱えていたのだろうか。
そう思ったら、あまり体の大きくない父の背中が、切ないくらい大きく見えた。

母以外の女性に見向きもしない父を、誇らしいと思った。

お母さんがいないということ。
だからお母さんの分まで愛情を注いでくれたこと。
今ならすごくよく分かります。

お父さん。
ありがとう。
お母さん。
産んでくれてありがとう。
就職活動、頑張ります。