生きるために死ぬ、というのもあるのだろうか。
そもそも、生きるということはどういうことなのだろうか。
運のいいことに、この世に生を受けて、私は生きている。
生かされているという方が正しいのかもしれない。
そんな中での、自分の生きるということは何なのだろうか。
私は、人は何様のつもりなのだろう、と思うことがある。
目的や誰かのために、命をかけて生きている人がいる。
自分だけのために生きている人もいる。
生きる理由・存在意義を探し求めている。
私はというと、今はただ、逃げているような感覚になり、焦燥感に襲われる。
なぜに生きている・生かされているのかの意味を見いだせない。
それだけの価値があるのかと考える。
自分だけが、傷つきもせず死にもせず済ませようとしている。
それを恥じるような感覚が、埃が積もるように心の底に積り、重くなってきた気がする。
ある人は、言う。
「十分に傷ついたのだから、これ以上は自分で自分を傷つける方向に持っていく必要はない」
傷つきたいわけではないけれど、幸せになってはいけない気がしてしまう。
その分まで幸せに、と思うと、逆に焦る。
何か正しいことを・意味があることをしなければいけない、と思う。
そして、逆効果のように毎日を焦ってしまう。
最近、一緒に食事をした友人が、共通の知人を以下のように評価していた。
「自分のキャパや範囲が狭くて、小さな部分で虚勢を張って生きている。それ以外は、人間以下」
ちっぽけな自分。
それでも、人間以下にだけはなりたくない…。
ただ自分が何か意味があり正しいことを、傷ついてでも正面からできる人になりたい。
「知らぬが仏」はあるかもしれない。
それでも、すべき・できることはしたい、傷ついても。