「あのさ、今度の日曜映画見に行かないか?」

 いつものように休憩室で昼食を取っていた時、同僚が突然やって来て、そんなことを口にした。

 たまたま私以外誰もいない状況だったことが幸いだ。他の人に見られたら何を言われるか分からない。

 声を掛けてきた同僚は、社内でも人気が高く、常に誰かに狙われている。

 この前も後輩たちがデートに誘ったらと、お互いに言い合っているのを目にしたくらいだ。

「ええと、それはどういうお誘いかな、坂田君?」

 状況が飲み込めていない私は、もぐもぐと食べていた唐揚げをお茶で流し込んだ後、声をかけてきた同僚−坂田に言葉をかけた。

「一応デートのお誘いですよ?金本さん」

「え、なんで私?」

 同期入社とはいえ、そんなに話したことはないはずだ。

「そうだな、朝早く来て花に水をやってるとことか、真面目な顔して仕事してるとことか、字が綺麗とか、笑ってる顔とか・・・・・・」

 次から次へと挙げられる毎にどんどん恥ずかしくなっていくため、途中で慌てて坂田の口を塞ぐ。

「別に言えとは言ってない・・・・・・」

「いや、何でって言われたから・・・・・・」

「でも言わなくて良いから・・・・・・」

 鏡が無いから分からないが、きっと今私の顔は真っ赤になっていることだろう。

 こういう場合どうすれば良いのだろうか。

「とりあえずさ、日曜空いてる?」

「予定はないけど・・・・・・」

「じゃあ、朝9時に駅集合ってことで」

「ちょっ、勝手に決めないで!」

「俺はもうガンガン行くことにしたから。待ってるから絶対来いよ?」

 念を押すように人差し指を立ててそう言うと、私の返事を待つことなくその場を去っていった。

「何なのほんと・・・・・・」

 頬に手を当てると思った通りにまだ熱い。

 仕事に入る前に平静さを戻さなければと思い、一度外に出て冷やすことにした。

  ・

 行くかどうか悩んでいるうちに当日になってしまった。

 行かなければ寒い中ずっと待たせることになると思うと、行った方がいいだろうなと思うし、逆にそう思わせて来させる作戦なのではとも思う。

 結局悩みに悩んだ末、待ち合わせ場所に行くことにした。

「ちゃんと来てくれたな」

「だって待ってるって言われたから・・・・・・。こんな寒い中ずっと待たれて風邪とか引かれたら嫌だし・・・・・・」

「理由はそれだけか?」

 私の顔をのぞき込みながら尋ねてきた。

 坂田君の背が高いこともあり、見下ろされる感じになって、少しドキッとしたけれど、動揺したことを悟られないよう、そっぽを向いた。

「・・・・・・それだけ」

「それは残念。ま、今日俺が頑張ればいい話だからいいけど。・・・・・・じゃ、行くか」

 坂田君はふうと軽くため息をついた後にそう言うと、手を差し出してきた。

 それが手を繋ごうという意味だということはすぐ分かったけれど、何か恥ずかしくて、その手を取ることができずに先に歩き始める。

 坂田君は手を繋ぐことを諦めきれなかったのか、私の手首を取って引き留めた。

「手は繋がないよ・・・・・・?」

 恥ずかしいからとは言えず、付き合ってないんだしとか適当な理由を口にしてみる。

「今日人多いし、はぐれないように繋いでおこうぜ?・・・・・・それに、急に帰って欲しくないし」

「そんなことしないけど・・・・・・。まあ、そういう理由なら仕方ないね」

 はい!と手を差し出すと、軽く手を繋がれ、映画館の方へと歩き出した。

 映画館は日曜日なこともあってそれなりに混んでいたが、坂田君が事前にチケットを買ってくれていたおかげで、ドリンクを買うのにだけ並んだ。

 坂田君が選んでくれたのは、話題の恋愛映画で、私も気になっていたやつだった。

 周りはカップルがほとんどで、少し気まずいなと思いながらも、映画に集中することにした。

「結構良かったな映画・・・・・・」

 映画が終わって、坂田君が予約してくれているというランチ予定の店まで歩いていたときに、しみじみと坂田君は呟いた。

「坂田君泣いてたもんね」

「いや、泣いてないから!」

 坂田君はずっと否定しているけれど、映画のラストシーンの前くらいから、横から鼻をすする音がしていたのを私は知っている。

「まあ、感動する話ではあったけど」

 あまり泣いたりしない私でも、少しうるっときたくらいだ。

 確か前にドラマや映画で感動して泣くことがよくあるって言っていた気がする。

坂田君はどうにかごまかしたいみたいだけど、私的には共感力が高いところは羨ましい。

「とにかく、俺は泣いてないから!・・・・・・で、店ここ」

 少し強めの否定の後、坂田君はある店の前で立ち止まった。

 レンガ造りの建物で、イタリアの国旗が立っていることもあり、イタリア料理の店なのだろう。

 坂田君に手を引かれるような形で店の中に入ると、店員さんが席へと案内してくれた。

 席に着いた後、その店員さんが坂田君の側へと近付いた。

「健太!今日はデートか?」

「ちょっ、先輩・・・・・・」

「おまえがわざわざ予約の電話してくるから珍しいと思って・・・・・・。ん、もしかして君、金本さん?」

 坂本君が先輩と呼ぶ人物が私の名前を口にした。

「あの、なんで私の名前を・・・・・・?」

「それは、健太が君のことよく話してるか、ら・・・・・・」

 言い終わる前に、坂田君が先輩のお腹に肘鉄を食らわせた。

「話は良いんで、料理お願いしますよ、店長!」

「・・・・・・了解」

 坂田君の先輩はどうやら店長だったらしい。

 お腹をさすりながら、キッチンの方へと引っ込んでいくのを確認した後、坂田君は私の方を少し恥ずかしそうに見た。

「先輩と仲良いんだね。いつの先輩なの?」

「高校の野球部の先輩。高校卒業後に料理の専門学校行って、留学もして、数年前にここに店開いたんだ」

「すごいね。・・・・・・よく来るの?」

「まあ、たまに来るくらい」

 そうこうしているうちに前菜が運ばれてきた。

 特に注文とかしていないのに運ばれてくるということは、電話で予約してくれた時点でコースか何か頼んでくれていたのかもしれない。

 ここまでちゃんと用意してもらったのは初めてだ。

 前菜がなくなる頃にサラダと小型パンが載った皿がやって来て、サラダが半分くらいになった頃にメインのパスタがやって来た。

 どれも箸で食べられたせいか、思いの外緊張せずに、食事を純粋に楽しむことができた。

 合間で坂田君に困った質問をされたり、店長がやって来て坂田君をいじったりする時間もありつつだったので、緊張感のようなものがなくなることはなかったけれど。

 食事の最後にはデザートと飲み物がやって来て、お腹いっぱいだと思いながらも、大好きなチーズケーキだったために、ペロリと食べてしまった。

「料理は美味しかったかな?」

 食事を終え、坂田君がお手洗いから戻ってくるのを待っていると、店長さんが私に声をかけてくれた。

「とても美味しかったです。個人的にチーズケーキが好きなので、デザートで出てきて嬉しかったです」

「あ、それね・・・・・・」

 店長さんは坂田君が戻ってこないことを確認してから、私にとあること教えてくれた。

「それ、本当ですか・・・・・・?」

「ほんと!あいつが俺にそういうこと頼むの初めてで、俺もびっくりしたんだよね」

 「そうなんですね」と言おうとしたとき、

「ちょっと、余計なこと言ってましたね、先輩!」

 お手洗いに行っていた坂田君が慌てて戻ってきて、店長さんを問い詰めた。

「いや~、お前がデザートはチーズケーキにしてくれって頼んできたって話をだな・・・・・・」

「やっぱり余計なこと言ってるじゃないですか・・・・・・。うわー、こっそり喜ばす作戦だったのに・・・・・・」

「いや、それを言わなければいけただろ。墓穴掘ってるぞ?」

「え?うわ、ダサいですね俺・・・・・・」

 2人のやりとりを見ていると、何だか面白くて笑ってしまった。

 「笑うなよ」と坂田君に言われたけれど、申し訳ないなと思いながらも、しばらくの間は笑いが止まらなかった。

「ねえ、デザートをチーズケーキにするよう頼んでくれたって本当?」

 会計を済ませて店を出てから、改めて坂田君に尋ねてみる。

「え、まあ、その、・・・・・・本当です」

「私、坂田君にチーズケーキ好きって話したことあったっけ?」

「いや、金本が他の同期と話してるのをたまたま聞いて・・・・・・。せっかくだから好きなもの食べて欲しいなって思ったんだけど、結果バレてるからダサいな・・・・・・」

「嬉しかったし、全然ダサくないよ。・・・・・・でも、いつも女性にこんなことしてるの?」

「いや、今回は特別っていうか・・・・・・。金本に意識してもらいたかったから、ちょっと頑張ったっていうか・・・・・・。って、全部話してたらダサいな・・・・・・」

 そんなことを言ってから、恥ずかしくなったのか、真っ赤になった顔を両手で隠す。

「そんなことないけど・・・・・・。でも、私は坂田君のそういうとこ知れて、新鮮というか、新しい面が見れた気がして良かったけどな・・・・・・」

「・・・・・・なんか、ずるいな金本」

「え、なんで?」

「さらっとそういうこと言っちゃうんだもんな・・・・・・。俺も頑張らないと!」

 どういうことを言いたいのかよく分からなかったけど、頑張ると言ったので、「頑張って」と言うと、何故か笑っていた。

 そんな話をして歩いていると、ショッピングモールに辿り着いた。

 ちょうどお互いに服を買いたかったという話になり、ぶらぶらすることになった。

 お互いに見たい店に入ったり、ファッションショーのようなことをしたりしながら、お互いに気に入った服を買った。

「さっきの服、似合ってたな」

 ショッピングモールを出て、駅に向かって歩いていると、急にそんなことを言われた。

「そう?ありがとう」

 素直にお礼を言うと、坂田君は少し黙った後、急に立ち止まった。

「坂田君?」

 どうしたのだろうかと、坂田君と向き合うように立ってから声を掛けると、荷物を持っていない手を軽く握られた。

「あのさ、今度さ、・・・・・・その服着て、どっか行かないか?」

 顔を真っ赤にしながらも、真っ直ぐ私の目を見ながら言われる。

 どう反応するのが正解なのか分からないけれど、今日一日で坂田君の色んな一面を見られたことで、もっと坂田君のことを知りたいと思っている自分がいるのは事実だ。

「・・・・・・良いよ?」

「え?」

「・・・・・・良いよ。また出掛けよっか」

「まじで!?・・・・・・うわ、嬉しい」

 気持ちが高ぶったのか、急に引き寄せられて抱きしめられた。

「ちょ、坂田君・・・・・・」

「あ、ごめん・・・・・・。嬉しくてつい・・・・・・」

 慌てて放してくれたけど、恥ずかしいのもあって顔を見ずに、

「いや、あの、びっくりしちゃった・・・・・・」

 とだけ返す。

「・・・・・・今度から許可取るわ」

「聞かれたらだめって言うかも・・・・・・」

「・・・・・・やっぱり?」

「うん」

「だよな」

 お互い恥ずかしいのを隠すように、冗談を言い合いながら歩いていくと、思っていたよりもすぐに駅に着いた。

「今日はありがとう。また明日な」

「こちらこそありがとうね。また明日仕事で」

「じゃあな」

 変える方向が違うため、改札を抜けてすぐに別のホームへと向かうと、すぐにやって来た電車に乗りこんだ。

 現在16時頃で、まだ家に帰るには早い時間らしく、電車の中は空いている。

 こういったところにも気を遣ってくれていたのかもしれないと思うと、ショッピングモールに行くという流れも計画されていたのかもしれない。

 坂田君の先輩に会うことがなければ、きっと最後まで細かいところまで気付かなかっただろうから、ただの女の扱いに慣れているスマートな人だと思っていた可能性の方が高い。

 もしそうなっていたら、私の中でただの良い人で終わって、適当にあしらっていたかもしれない。

 そう考えると、恥ずかしがっているところとか、職場では見ることが出来ないところも見れて良かったと思える。

 次出掛けるときもそういった面も見れたら良いな。

 そんなことを考えながら、家の方へと向かう電車に揺られたのだった。

 

[Fin]