私の記憶が正しければ、今日は確か私と彼の婚約発表の日だったはずだ。

 何故いつものように、彼が女性に囲まれているだろうか。

 まあいつものことなので、別に隣に来て欲しいというわけではないし、招待客からの「また放っておかれているのか・・・・・・」という視線に対しても、特になんとも思わないけれど。

 私が目の前にいる彼-鷹来(たかき)(いおり)と出会ったのは、幼い頃のこと。

 父の秘書の息子だと紹介された5歳上の彼は、まだ幼いというのに大人っぽく、面倒見が良かったため、私はすぐに懐いた。

 仕事が忙しい両親の代わりに、遊び相手をしてもらったり、色んなところに連れて行ってもらったりしたけれど、中学校になった頃、彼の優しさが自分だけに向けられているものではないことに気付いたこともあり、自分から会うことは無くなっていた。

 けれどここ数年、パーティーの際に彼のパートナーとして参加することを父に強制されていて、何故だろうと思っていたら、許嫁であることを最近聞かされた。

 私は父の一人娘だけれど、父は女が継ぐことを良しとしない人だから、いずれ政略結婚をさせられるだろうとは思っていたけれど、まさか彼だとは思わなかった。

「お、綾音!」

 声がした方を見ると、見知った顔の男性が立っていて、ヒラヒラと右手を振っていた。

「隆之介!」

「どうだ?・・・・・・って聞こうと思ってたけど、相変わらずだな」

 幼馴染で同い年の斎木隆之介は、視線を女性に囲まれる彼に向ける。

「まあ、彼は見たとおりいつも通り。でも、ああやってくれてた方がこちらとしてはありがいでしょ?」

「それはそうだな。これからやることを考えると、ああやって人の視線を集めてくれてた方が良い」

「そういうこと!」

「まあ、まだおじさんが来るまで時間あるし、テラスで料理食べながらでも時間潰さないか?」

「そうね!せっかくのパーティーだし、料理も食べましょ?」

 お互いにお皿いっぱいに料理を盛り、テラスへと出た。

 ひとつだけ置かれたテーブルにお皿をのせて椅子に座ると、隆之介は「ちょっと待ってろ」と言って会場へと戻っていった。

 何だろうと思いながら、外の景色をぼーっと眺める。

 山の上のホテルなせいか、外は少し風が吹いていたけれど、心地よく感じる。

「お待たせ!」

 戻ってきた隆之介は、シャンパンの瓶とグラスを2つ持っていた。

「どうしたのそれ?」

「ウェイターから奪ってきた。今日の計画が上手くいくことを祈って飲もうぜ」

「うん!」

 隆之介はぽんっと音を立てながらシャンパンボトルのコルクを上へと飛ばすと、2つのグラスにシャンパンを注いだ。

 パチパチと小さな音を立てる黄金色の液体を見つめていると、

「とりあえず乾杯!」

 とグラスを差し出してきたので、優しくグラスを合わせた。

 少し口に含むと、優しい香りが口の中に広がり、少し緊張がほぐれてきた。

「で、どう?資料全部揃った?」

「俺を誰だと思ってるんだよ。完璧にしてある」

 隆之介は得意げに胸を張りながらUSBを取り出し、テーブルの上に置いた。

「ありがとう。今回のこと、全部隆之介のおかげだよ」

「気にすんなって。兄貴にも幼馴染みもみんな幸せになって欲しいからな」

「・・・・・・彼も被害者だものね」

 ふと会場を見ると、父の秘書がこちらを見ていて、他の人に気付かれないようにか、小さい動きで手招きをしていた。

「お、もう時間か?」

「そうみたいね」

「じゃあ、俺の腕の見せ所だな」

「頼むわ!」

 2人で会場に戻ると、父も彼の父親も揃っていた。

 司会の人の声掛けで参加者が集まってきて、私と彼に注目が集まる。

「それでは、最初に鷹来庵様の弟である、隆之介様からお言葉をいただきます」

 司会者の言葉に、父も彼も彼の父親も目を見開いた。

 隆之介が来ることも、こういった演出も私と隆之介がこっそりと行っていたことであるため、彼らが驚いているのは計画通りである。

「それでは、私の方から2人にメッセージを送りたいと思います」

 隆之介がそう言うと、私たちの後ろに用意されていたスクリーンに、画像が映し出される。

 その画像は、彼とある女性がとあるホテルから手を繋いで出て来ている写真だ。

「何だこれは・・・・・・?」

 画像を見た私の父は、目を見開くだけでなく、口も大きく開けていて、明らかに動揺していた。

「これは、兄と兄の彼女の写真です。この女性は円城寺グループのライバル会社、宮田ホールディンクスの関係者で、兄の知らないところで円城寺グループの情報を宮田ホールディンクスに流したり、お金を使い込んだりしています」

 隆之介は私の父に聞かせるように、写真や資料を用いながら説明してくれる。

 私は説明を聞きながら、横に立っている彼のことを視線だけで見ていたが、彼の顔はどんどん真っ青になっていき、最終的にはその場に膝から崩れ落ちた。

 父も彼の父親もことの重大さに気付いたのか、話が終わる前に隆之介に話すのをやめさせ、彼を連れて会場を去って行った。

 残された私と隆之介は、司会者にその場を預け、参加者の視線を感じながら会場を出た。

 廊下に出てしまった瞬間、足の力が抜けて、その場に崩れ落ちそうになったが、隆之介が片腕を掴んで引き寄せてくれた。

「大丈夫か?」

「あ、ありがとう・・・・・・」

 隆之介の体を支えにして自分の体起こすと、目を見ながらお礼を言う。

「何だかんだ疲れたな」

「そうだね・・・・・・。思ってたより大事になりそうだし、全てはこれからかもだけど」

「それはそうかもな。ま、俺も全部付き合うし、何でも言えよ?」

「・・・・・・隆之介は本当に優しいよね。昔から私のちょっとした変化にも気付いてくれるし」

「それは綾音限定だから、誰に対してもってわけじゃないけどな」

「幼馴染みをあんまり甘やかさない方が良いと思うけど、今回は本当に助かったから良いかな」

 誤解しそうなことをよく言われるけど、隆之介にとって私が“大事な幼馴染み”でしかないことは分かっているし、私にとってもそうだから良いと思っている。

「まあ、今はそう思ってて良いよ。・・・・・・とりあえず、全部終わったらご飯でも行こうぜ。あ、それか前に行きたいって言ってたカフェでパフェ食べる?」

「パフェが良い!」

「OK!」

 そんなやりとりをした後、同じタクシーに乗りこんでそれぞれの家に帰り、今日のところは眠りについた。

 ・

 数日後。

 隆之介と共に父に呼び出されて、社長室を訪れた。

 社長室には父と、父の秘書である彼の父親がいて、2人とも複雑そうな表情を浮かべている。

 「私と隆之介の方が気まずいのだけど」と思いながら、誰かが話し出すのを待っていると、父が口を開いた。

「今回のこと、こちらでも調べ直したが、事実のようだ。・・・・・・それで、お前と庵との婚約は白紙に戻すことにした。また新しい婚約者を探すつもりだから、決まるまでは好きにしていろ。あとは隆之介に話があるから、お前は帰って良い」

 返事する前に、秘書によって社長室から出されてしまった私は、どんな話をしてるんだろと思いながら、エントランスまで降り、隆之介が降りてくるのをソファに座りながら待った。

 隆之介が降りてきたのは、小一時間程経ってからのことで、何故か行きには持ってなかったタブレット端末を持っていた。

「なんか、老けた?」

「え、まじか・・・・・・。まあ、疲れたし仕方ないか・・・・・・」

「何の話したらそんなに疲れるの?」

「詳しい話はご飯食べながらしようぜ。・・・・・・いつものとこでいいか?」

「うん」

 こくりと頷くと、疲れているはずなのに、電話で店を予約してくれるだけでなく、タクシーまで手配してくれた。

 「出来る男だな」と改めて思いながら、タクシーで店に向かった。

 いつもの店というのは、隆之介の知り合いがやっている個室のある居酒屋だ。

「で、どんな話してたの?」

 奥にある個室に案内してもらい、飲み物と食べものをいくつか頼んだ後、本題を切り出す。

「まあ話すと長くなるから端的に言うと、とりあえず俺が兄貴の代わりになるって話になって、もっと勉強しろって言われてタブレット渡されたって感じだな」

「ん、代わり?」

「そう、代わり」

 彼の代わりに隆之介・・・・・・?

 頭で自分なりの計算のようなものをすると、ひとつの答えが導き出された。

「ねえ、それってさ・・・・・・。私と隆之介が、あの、その、最終的に、け、け・・・・・・」

「多分、綾音が考えてる通りになると思う」

「じゃあ、結婚?」

 何とか導いた答えを口にすると、隆之介がこっくりと大きく頷いた。

「・・・・・・そっか、隆之介と」

「俺が親父や綾音の親父さんに認めてもらえるまでは、話は進まないと思う。・・・・・・ただ、ひとつ確認しておきたいんだけど、綾音は俺と結婚するってなったらどう?」

「どうって・・・・・・?」

「嫌じゃないかとか・・・・・・」

「え、嫌なわけないよ。他の知らない人と結婚するのは想像つかないけど、隆之介は優しくていい人だし、私のしたいこと分かってくれてるから・・・・・・。あ、でも逆に隆之介は良いの?お兄さんの代わりに私と何て・・・・・・」

「確かに代わりっていうのは嫌かも。・・・・・・俺は俺の意思で綾音と結婚したいって思ってた。だからこそ婚約も邪魔しようと思って兄貴のこと調べたし・・・・・・」

「え・・・・・・?ちょっと待って、それって・・・・・・」

「俺、昔からずっと綾音が好きだったんだよね。まあ、綾音はそういう風に俺のこと見てなかったと思うけどさ・・・・・・」

 昔から好きだったってことは、あの思わせぶりだと思っていた言葉の数々は、本気の言葉だったってことになる。

 それが分かって急に恥ずかしくて仕方なくなってきて、顔が熱くなってきた。

「意識した?俺のこと」

「こんなこと言われて意識しない人いないでしょ・・・・・・」

「まあそうだな。慌てないから、ちょっとずつ俺のこと意識していってくれたらそれでいい」

「う、うん・・・・・・」

 もうすでに顔を見れないくらいには意識してしまっている。

 隆之介はどこか嬉しそうに私の方を見ながら、お酒を飲んだり食事したりしている。

「ねえ、隆之介。小さい頃の約束覚えてる?」

「もちろん、覚えてる。あの約束があるから俺は勉強頑張れたし、頑張れる」

「私、やっぱり父のホテルの再生計画を実現させたい。だから、私も隆之介と一緒に勉強したい。きっと父は許してくれないだろうけど・・・・・・」

「大丈夫だよ。許してもらう必要はない。今回兄貴のことこっそり調べたみたいに、一緒にこっそり勉強して、いざ継いだら色々やっていけば良い」

「父になんか言われたら?」

「それこそ兄貴のこと気付けなかったことを指摘すれば良いだけだ。綾音はちゃんと会社の未来を考えてるんだから、気にすることない」

「・・・・・・ありがとう、隆之介。私、頑張る」

 手を取ってお礼を言うと、隆之介は顔を真っ赤にして、明後日の方向を向きながら「おう」とだけ言った。

 余裕あるのかと思っていたけれど、思っていたよりドキドキしたりしていそうで安心した。

 私と隆之介の付き合いは長いけれど、まだまだ知らないことがありそうだ。

 今後にちょっとした不安もありつつも、大きな期待を抱きながら、隆之介と食事を続けたのだった。

 

[Fin]