友達の紗栄子が髪をばっさり切った。

「好きだった人に振られちゃってさ〜。似合う?」と、何かに吹っ切れたような表情で微笑む彼女は、これまでと違ってとても大人っぽくて、綺麗だなって思った。

 それでついつい、いろんな経験をしてきたのような態度を取ってしまったけれど、私は人に語るほどの人生経験どころか、恋愛経験ですらほとんどない。

 ただ、経験豊富だと思われがちで、相談されることは多かったため、知識としては色んな恋愛パターンを知っているかもしれない。

 それもあるのか、誰が誰を好きなのかなどはよく分かる。自分のことになると全く分からないけれど。

 そもそも好きとは何なのか私には分からない。

 告白されて何となく付き合ったことはあるけれど、数ヶ月もしないうちにつまらないと言われて振られる。

 つまらないと言われても、好きになれないのだから、こちらから積極的になれるはずもない。

 まあ、それなら最初から付き合わなければ良いと言われそうだけど、「付き合う」ということに興味はある。そして、付き合ううちに、もしかしたら好きになれるかもしれないと思っているのだ。

「あれ、もしかして萩原・・・・・・?」

 声を掛けられたのかと思って顔を上げると、そこにはスーツ姿の男性が立っていた。

 誰だろうと考えていると、

「俺、佐原将馬。高校3年間同じクラスだったんだけど、覚えてない?萩原詩織さん」

 佐原将馬という名前を脳内で検索にかけてみると、体育館でバスケをしていた姿を思い出した。

「え、佐原!?・・・・・・スーツ姿だったから分かんなかった」

「はは、他のやつにもよく言われる。お前はいつもジャージ着てるイメージだったからって。・・・・・・座っても良いか?」

「どうぞ」

 読みかけの本に栞を挟んで机の上に置き、正面の椅子を勧めた。

 何となく1人で過ごしたい日は、こうして下宿近くのカフェで本を読んだり、レポートを書くことが多いけれど、こんなふうに知り合いに会うことはあまりない。

「佐原って大学こっちだったっけ?」

「いや、大学は俺らの高校の近く。バイトがこっちなんだよ」

「そうなんだ。じゃあ、今はバイト終わり?」

「いや、ほんとはこれからバイトだったけど、生徒が体調不良で授業無くなったから、暇になった」

「生徒?」

「塾講師やってるんだよ。いつもならこっち来る前に連絡来るんだけど、今日は遅かったからもうこっち来てたんだ」

「わざわざ来たのにね」

「しかも今日の分の給料出ないからな・・・・・・。まあ体調不良なら仕方ないけど」

「給料出ないのは悲しいね」

「ほんとにな。まあでもたまたま入ったカフェで萩原に会えたし、悪いことだけってわけでもないな」

 佐原は歯を見せながら笑うと、ストローに口をつける。

 スーツにオレンジジュースというのがあまり合うように思えなくて、笑いそうになる。

「ん、なんか変なことでもあったか?」

 必死に堪えたつもりだったが、表情でバレてしまったらしい。

「なんか、スーツにオレンジジュースって似合わないなって思って・・・・・・」

「まあ確かに。でも俺、コーヒー好きじゃないんだよ。あと紅茶もアイスよりホットの方が好きでさ。でも今は冷たいものを飲みたい気分だったからこれにした」

「なるほど。私もコーヒーは苦手なんだよね。大学卒業するまでにはコーヒー飲めるようになりたいなって思ってるんだけど・・・・・・」

「偉いな萩原」

「そう?」

「俺はもう出来れば飲まなくてすむようにしたい思ってるし・・・・・・」

「何だろ、飲めるものとか食べれるものが増えると、楽しめるものが増えるでしょ?特にどこかに旅行に行ったときに、その土地の名産品を楽しみたいって思うから、出来るだけ苦手なものを減らしたいんだ」

 そんなことを口にしながら、アイスのカフェオレを口にする。

 前はこれも飲めなかったけれど、カフェオレだけは飲めるようになった。

 カフェラテも試したことがあるけど、カフェオレよりも苦くて、私にはまだ早いと思ってからは飲んでいない。

「その考え、いいなすごく。俺もコーヒー飲む練習しようかな」

「ちょっと飲んでみる?これ、カフェオレだからまだ苦さもましだよ。飲みかけだけど・・・・・・」

「萩原が良いなら、ちょっともらおうかな」

 佐原は、ストローに口を付け、ゆっくりとカフェオレを飲んだ。

 飲んですぐに佐原は、目を見開きながら私の方を見てきた。

「これ、飲みやすいし、美味しいかも・・・・・・」

「でしょ?ブラックはまだ無理なんだけど、これなら私も飲めるんだ」

「へー、カフェオレってまろやかなんだな」

「そうなの」

 最初はそうやってコーヒーについて話していたけれど、いつの間にか大学や趣味の話になっていった。

「佐原は野球続けてるの?」

「まあ、高校3年間で燃え尽きた感じがあったから、別のことしようかとも思ったけど、何だかんだ野球好きだなと思ったから、ゆるーくサークルでやってるよ。・・・・・・萩原は何かサークルとか入ってるのか?」

「特に入ってないよ」

「そっか。じゃあ、休みの日とかは何してる?」

「ここのカフェで本読んだり、レポート書いたりかな・・・・・・。誘われたら合コン的なのにも行ったりはするけど……」

 彼氏が欲しいとかではないけど、断る理由がないので、とりあえず参加する合コンで、し連絡先を交換したことはない。

 交換しないかと声をかけれることはあるけど、毎回断っている。

「へ〜、萩原ってそういうのに興味ないのかと思ってた」

「そう見える?」

「んー、何というか、恋愛とかに興味なさそうだなって思ってた。いつも友達と恋愛系の話してるとき、つまんなそうに聞いてるように見えたから」

「え、顔に出てた?」

「いや、出てたわけじゃなくて、俺もそうだから分かったというか……」

「え、佐原も恋愛に興味ないの?」

 記憶の中の高校時代の佐原は、女子にすごくモテていて、確か彼女もいたはずだ。

「好きって気持ちが分からないと言う方が正しいかもな。告られたりして、付き合ったりもしたけど、いつもつまらないって言われたり、本当に好きか聞かれたりするんだよ」

「え、私も同じ・・・・・・」

「え、萩原もそんな感じなのか!?」

 上下に2回頷くと、お互い何となく握手をした。

「こういうの分かってもらえたの初めてだわ。萩原も同じかもとは思ってたけど、分かってもらえるとは。・・・・・・あれ、恋愛系苦手なら、何で合コン行ってるわけ?」

「あ、それはね・・・・・・。断る理由がないからなの。彼氏がいるとか気になる人がいるって言わないと断れないんだけど、そう言うと写真見せないといけなくて・・・・・・」

「女子って大変だな・・・・・・」

「本当だよね」

 顔を見合わせてお互いに笑うと、また何となく握手をする。

 さっきからやっているこの握手は何だろうと思いながら、佐原といるのは楽だなとも思った。

「あのさ、萩原が良ければなんだけど」

「ん、何?」

「俺のこと、彼氏(仮)にしない?」

「何、その彼氏(仮)って・・・・・・?」

「いや、彼氏がいたら合コン断れるんだろ?俺も彼女いるって言えば、告られることもなくなって助かるし・・・・・・。まあ、つまり偽装カップル的な?」

 佐原からの提案は予想外で、一瞬頭が真っ白になったけれど、言われてみればよい考えだなと思った。

「いや、ふと思ったことだから、嫌だったら嫌って言って良いから・・・・・・」

「あ、ごめん。びっくりして黙っちゃったけど、嫌なわけじゃなくて・・・・・・。もし、佐原が良かったら、お願いしても良いかな?彼氏(仮)!」

「え、萩原、彼女(仮)やってくれるのか?」

「うん!よろしくお願いします!」

「ありがとう!」

 佐原はまた私の手を取って握手をしてきた。

「佐原、握手好きなの?」

「え?」

「よく握手してるから、好きなのかなって」

「・・・・・・無意識だったわ。多分癖みたいなものだから、特に気にしなくて良いよ」

「分かった。とりあえず、これからよろしくってことで」

 もう一度握手をすると、手を放した。

「とりあえず、彼氏彼女っぽい写真撮りに行きがてら、今度どっか行こうか。どこか行きたいところある?」

「えっと、そうだな・・・・・・。ベタに水族館とかどう?」

「確かにベタな方が恋人っぽいかもしれないな。そうするか」

 行く場所が水族館に決まったところで、連絡先を交換し、今日のところは解散することとなり、会計を済ませてカフェの前で別れた。

 思いがけない再会をした上に、思ってもみなかった提案を受けて、正直頭が追いついていないような気もしながら、家に向かって歩いていく。

 高校時代、佐原はキラキラした世界の人だと思っていた。

 整った顔をしていて、スポーツも出来るし、いつも人の輪の中心にいて、女の子にもモテていたから。

 でも、同じことに悩んでいたと分かって、親近感が湧いた。

 だからきっと、偽装カップルという提案も、受入れることが出来たのかもしれない。

 果たして、偽装カップルということをバレずに、上手くやっていけるのかは分からないけど、佐原と話す時間は楽しい。

 今考えるのはそれだけでいいのだろうな。

 そのようなことを考えながら歩き続けているうちに、下宿に着いていたため、ふうとひとつ息を吐いてから、鍵を開けて中に入った。

 

[Fin]