休みの日にカフェを巡るようになったのは数年前のこと。
1人で出かけた先で迷子になった時に、たまたま見つけたカフェで食べたケーキとコーヒーの美味しさに感動したのがきっかけだ。
今日やって来たのは、前から行きたいと思っていたところで、ランチプレートとケーキの種類が豊富と聞いていたため、とても楽しみである。
店に入ると、クラシック音楽が流れていて、ちらほら座っている他の客たちも、音楽につられてなのか、すごくゆったりとしていた。
席に案内され、メニューをじっくりと眺める。
ランチプレートが10通り、ケーキが12種類。これは悩む。
悩みに悩んだ後、結局おすすめと書かれていたランチプレートと、食後の飲み物を注文した。
ケーキはあとでショーケースから選ぶらしいが、きっとこれも悩むだろうが、ひとまず、しばらくして持ってきてくれたランチプレートを楽しむことにした。
プレートにのせられたお肉やキッシュももちろん美味しかったが、コンソメスープも深みを感じてすごく美味しかった。
もっと味わって食べていたかったのに、気付けば全てをぺろりと食べていて、誰も見ていないのに少し恥ずかしいような気がした。
食器を下げにきてくれた店員さんが、「ショーケースからケーキを選んで下さい」と言ってくれたので、入り口近くまで行くと、先に男性がショーケースの前に立っていた。
もう少し横に寄ってもらえると嬉しいなと思っていると、視線を感じたのか、「どうぞ」と言って寄ってくれた。
ずらっと並ぶ12種類のケーキを眺めていると、フルーツタルトだけが残りひとつで、“1番人気”というポップも貼っていた。
人気ならきっと美味しいのだろうと思い、店員さんにフルーツタルトを頼もうとした時、男性の視線もフルーツタルトに向いていることに気付いた。
「あの、もしかして、あなたもフルーツタルトですか?」
と男性に声をかけると、こくりと頷いて、
「あなたもってことは、あなたもですか?」
と尋ねてくれたので、こくりと頷く。
「ひとつしかないし、もし良かったらですけど、分けっこしませんか?」
男性の急な提案に驚いたのと、“分けっこ”と言い方が面白くて、ついふふと笑ってしまった。
「僕、何か変なことを言いましたか?」
「いいえ、そんなことは!……それより、あなたの提案、のります!」
私は手を挙げながらそう言うと、店員さんに声をかけ、席を移りたいと告げた後、ケーキを2つ頼んだ。
ひとつはフルーツタルト、もうひとつは2番目に人気があるという苺のショートケーキである。
男性と向かい合わせで座り、持ってきてくれた飲み物で何となく乾杯した。
「僕は前島貴弘です。名前をお聞きしてもいいですか?」
「私は宮篠秋星と言います」
「では、宮篠さん、どのフルーツが好きですか?」
「好きなフルーツですか?」
急に何でそんなことを聞くんだろうと思っていると、
「タルトのフルーツが一種類ずつしかないので、お互い食べたいやつ食べれたらなと思って……」
と前島さん言った。
前島さんの気遣いに対し、どう返事するのが1番だろうかと考えていたが、前島さんがニコニコと微笑んでいたので、正直に答えた方が良いなと思った。
「私、苺が好きで……」
と言うと、前島さんはどうぞと言って、タルトのひと口目を譲ってくれたので、大人しく苺と共にタルト生地を少し口に運んだ。
「どうですか?」
「美味しいです!前島さんは何が好きですか?」
「僕はマスカットが好きです」
今度は私がどうぞと言って、タルトを前島さんの前に置くと、マスカットと一緒にタルトを食べた。
「どうですか?」
「美味しいですね。特にカスタードが」
「本当ですよね!タルト生地とカスタードとフルーツのバランスが良いですよね〜」
そんな風にして、ケーキの感想を述べながら、先にタルトを食べ、次にショートケーキを食べた。
ケーキを食べ終わってからは、自然とお互いの話となり、どんな仕事をしているか、普段どうしているかの話になった。
同い年だったり、職種は違えど同じような役職だったり、休みの日はカフェ巡りしていたりと、共通点が多くて驚いた。
「いつもひとりなので、こうして誰かと話せるのは新鮮ですね」
急に前島さんがそんなことを言ったが、自分もそうだなと思い、うんうんと何度も頷く。
「これまでどういうところに行きましたか?」
と尋ねてみると、スマホの写真を見せながら、いくつかのカフェを教えてくれたが、その中には私が気になっていたカフェも含まれていて、ついつい「そこ行きたいと思ってて」と口にしてしまった。
「ここ、すごく美味しいですよ。特にプリンが!」
「本当ですか!?ずっと気になってるんですけど、地図見ても分かりにくくて、辿り着けるか心配で……」
「あ、じゃあもしよければ、一緒に行きませんか?」
「え、でも良いんですか?」
「はい。ちょうど僕も、もう一度行きたいと思っていたので!それに、誰かと一緒ならもっと楽しめそうなので」
「そう言ってもらえるなら、よろしくお願いします!」
勢いで手を差し出すと、前島さんも手を差し出してくれたので、お互いによく分からずに握手をした。
「じゃあ、連絡先を教えてもらっても良いですか?」
「はい!どうぞ!」
と言って、前島さんにスマホを見せると、メッセージアプリのマイQRコードを読み取ってくれた。
その日は飲み物がなくなった後に、解散することとなった。
・
前島さんとカフェに行くことになったのは、次の週の土曜のおやつの時間だった。
最寄りの駅で待ち合わせて、前島さんにカフェまで案内してもらったが、やはり分かりにくい場所で、次ひとりで行けと言われると、無理な気がした。
店は普通の一軒家のような見た目で、中はアンティーク雑貨や家具が使われており、レトロなカフェといった印象で、迎えてくれたのは、メガネをかけた優しい雰囲気の年配の男性だった。
案内された席に座った後、私は、前島さんが勧めてくれたプリンとコーヒーを頼み、前島さんはプリンとカフェラテを頼んだ。
「実は僕、ブラックコーヒー飲めなくて」
注文の後、前島さんが恥ずかしそうにそう言った。
頼んだのがコーヒーではないことに特に疑問もなかったのになと思いながら、正直な人だなと思った。
「そうなんですね。私も実は紅茶はストレートで飲めないんですよ」
「え、そうなんですか?」
「そうなんです。……ね、みんな苦手なものはあるので気にしなくて良いですよ」
と微笑みながら言うと、前島さんがありがとうと言った。
その後持ってきてくれたプリンは、少し硬めでカラメルソースは苦味のあるものだったけれど、生クリームがのっているからか、甘味と苦味のバランスがちょうど良かった。
「前島さんの言っていた通り、すごく美味しいです!」
「それは良かった!僕ももう一度食べられて嬉しいです」
にこにこ微笑みながらプリンを食べる前島さんの様子が、どこか可愛く見えた。
「宮篠さん、急に笑ってどうしたんですか?」
「あれ、私笑ってましたか?」
「はい」
「前島さんが嬉しそうに食べてる様子がなんだか可愛いなって思って……」
「え?」
「あ、ごめんなさい……。男性に可愛いなんて失礼でしたよね……」
私が頭を下げると、
「いいえ、気にしないで下さい。僕は可愛いも格好良いどちらも褒め言葉と思ってるんで、褒め言葉は嬉しいです」
と言って微笑んでくれたので、それ以上は何も言わないことにした。
その日は、他愛無い会話をして、2時間ほどで解散したが、その後も毎週のように前島さんと一緒にカフェに行くようになった。
いつもの流れは、カフェの前で待ち合わせてランチをし、その日の食事やケーキについて語り合うというもので、その合間でお互いの仕事の話や、プライベートの話をしている感じである。
基本的には、カフェに関する話をしているが、何度か一緒に食事をしている中で、食の好みは分かってきた気がする。
それはお互い様のようで、前島さんにもよく「これ好きそうだ」とか言われている。
この関係をどう呼ぶべきなのか私には分からないが、前島さんとカフェで話す時間は心地良い。
それに、男性にはこういうことを言わない方が良いよなといった、固定概念に縛られた考えを気にしなくて良いのが楽だった。
「宮篠さんは、映画好きですか?」
出会ってからふた月ほど経った頃、前島さんがふとそんなことを聞いてきた。
「長らく見てないですね……。前島さんは?」
「実は僕もです」
「え?好きだから聞いたんじゃないんですか?」
「あ、いや……。その、いつもカフェなんで、たまには違うところも一緒に行きたいなと思って……。あの、だから、映画じゃなくても良いんですけど……」
前島さんの突然の言葉に驚いてしまい、言葉が出なかった。
そんな風に思ってくれているとは知らなかったし、分からなかった。
「あの、それって……」
少ししてから、何とかそれだけを口にすると、
「もっと宮篠さんのこと知りたいなと思ってるんですけど、ダメですかね……?」
と顔を真っ赤にしながら、前島さんはそう言った。
その様子をまた可愛いなと思いながら、
「私も知りたいなって思ってました。だから、一緒に知っていきましょ?」
また初めて出会った日のように手を差し出すと、前島さんが手を重ねてくれたので、また握手を交わした。
その後は、どの映画を観るのかをレビューを見ながら話し合っていたが、お互いに映画見る習慣がないため、どれを見たら良いか分からず、ひとまず場所を変えて晩御飯を食べながら、もう少し話すことになった。
カフェを出て歩き始めた時に、ふと晩御飯を一緒に食べるのは初めてだという事実に気が付き、何だか緊張してきたが、前島さんが変わらない様子だったので、意識しないようにすることにした。
きっとこれからも、初めて一緒に行く時は緊張してしまいそうだが、それも悪くないと思いながら、少し早い前島さんの歩みに置いて行かれないように、少し歩みを早めたのだった。
[Fin]