社会科学における人間の問題はなによりもまず人間類型論という立場から論じられ、その人間類型論が中心論点なってくる。社会科学における人間という問題がだんだん多くの人々の関心を惹きつけるようになってきたのかそれには重要なものが二つあります。
その一つは、先進諸国と後進諸国のあいだに生じているいわゆる南北問題であり、もう1つの問題は人間疎外の雰囲気が人々のあいだに広がり、言い換えると『心の貧しさ』とか『精神的貧困』などと言われる問題である。
血となり肉となって、個々人の内部に抱かれつつ、変容されまた伝橎されていく、いわば思想的なサナギ、そういう観念的、物質的な凝縮物の独自な類似、それこそが人間類型というものだと作者は定義づけている。また自然に対してどういうふうに働きかけるか、その働きかけの能力や仕方、自然への関係付けと社会的関係のいすれもが思想的に凝縮化されて、人間類型の中に入りこんでいるのだと作者は考えている。
ロビンソン・クルーソウ漂流記を材料にして人間類型に関するいろいろなことがらを考える。そのばあい、論点は大づかみにして次の二つになる。まず、主人公のロビンソンが孤島に上陸し、そこで長年のあいだ生活した、その生活の中に現れている彼の思考や行動の選択、つまり彼が示している人間類型はどういうものであったかということを追いかけることと、そうした分析を通じて人間類型という方法概念のもう少し立ち入った説明が書かれている。