2026年が明けた

師走は、ほんまに師走である




年末に相方と喧嘩…ぃゃ

喧嘩や揉め事ということと違う

毎度、喧嘩ではなく

わたしが相方を怒らせてから

許してもらうまでの戦い 笑


その逆は、ほぼない

(わたしが怒ったとしても

彼にはノーダメージだからw)




度々、しまった(~_~;)事件を起こしては

二度としまいと誓うのだが

無自覚に地雷を踏んじまう



怒らせると

怒鳴り合うとか、叱責されるとか

ではなく…

最低限の一喝後

それはそれは見事な「無視」が始まるw




これはこれで

なかなかの恐怖であり

元夫の精神的DVによる

怒号と罵声の叱咤叱責….

どころじゃない

罵詈雑言をやられていたとはいえ

まだ怒鳴られた方がマシなんじゃ?と

思う時もあるw



まぁ、見方によれば

これも酷い話にも取れるが

相方の場合、理由が明確で

明らかにわたしがアウトな領域に

踏み込んでいるので

わたしも認めざるを得ない



彼はわたしに

それ以上言うと…

容赦しないで?わかってるか?

今ならセーフやぞ?

と救済措置を与える



にも関わらず

一応わたしの言い分と理由もあるので

つい言ってしまうのである




俺は釘を刺したのに

それを超えてきたのはお前や




ごもっとも!笑





この関係性は

万人には通用しない領域でも

我々の世界では

約款のように取り決められたもので

それをわたしも判子をついて

契約しているようなものなので



…という表現だと

洗脳や支配みたいに聞こえるな笑

離婚から何も進歩してへん女か

ということにもなりそうな



そうではないのだが

説明が難しい




まぁ、そこは

両者合意であり

耐え忍んでいる、だけ

ということではないので

結婚時代とは異なる




度々、地雷を踏んでしまうのだが

怒られる、叱られるのはかまわない


最大の恐怖は

これから1〜1.5日程味わうことになる


「無視」である



怒りスイッチを入れてしまった瞬間

それを悟るのだが



しまった、、、、、

やべぇ、、、、

始まる、、あの時間が、、、


という戦慄が走る⚡️




度々の戦慄ゆえ

タブーもリカバリー法も

熟知しているので

それ以上の炎上はさせないが

鎮火への苦しみは

未だ、この世の終わりほどの

恐ろしさなのであるw


無視は、人にとって

ハイダメージだと痛感する


その間、わたしは食欲がゼロになる笑

食べていないことすら、頭に無くなる





さて…

今回はどうリカバリーするべきか

それしか考えていない




年末に地雷を踏んじまったんだが

なぜ怖いかというと

余地がないというのか

白か黒の人なので

直前までキャッキャっと

楽しくわちゃわちゃしていても



出ていけ

一緒におれん

去れ


ということを

本氣モードで突きつけてきて


わたしがいなくても

即日から生きていける

困らない、というリアルさを

常から知らしめているので



この人はわたしを放さないだろう

離れられないだろう

葛藤するだろう

という希望や期待を与えない



都合の良い優柔不断さが、無い





毎度毎度、今回は本当に

別れると言い放つのではないか

というリアリティがあるため

その恐れで

食事すらままならなくなるのである



今回ももちろんそうだったんだが

今回は、ちょっといつもと

思考の風向きを変えてみたのだ



いつもなら

本氣の「別れる」印籠を渡されまいと

必死のパッチになるところを

不安のドキドキはありつつも

本当に別れた時のことに

ベクトルを向けて

そっちを真剣に考えてみた




約款を承諾し、契約しているとはいえ

このようなことは起こすまいと

常に氣をつけていても

無自覚に起こしてしまうことが

この先もきっとあるだろう

その度に

この凄まじい恐怖を味わうのは

正直、嫌であるし

わたしはそれでええんか?と



これは結婚時とは違う種類の

自己犠牲なのではないか?と



本音に蓋をすると

ろくなことはないぞ?

知ってるだろ?



わたしの意思はどこにあるのか?


わたしは一緒に居たいのか?





答えは「居たい」なのだが



わたしの恐怖の背景は

今あるものを失うという

恐れから来るもので




せっかくこんなに…


皆が知らない彼の姿

わたしにしか見せない

可愛く面白い言動

こんなありがたい環境

こんなに恵まれた仲間たち

こんなに珍しい家族像

(元奥さんと娘と仲良く

させてもらっている)



それらの優越感のようなものや

手放したく無い欲であったり

何より、相方ほど

わたしの理想を現実にしたような

男はおそらく居ないと思うほど

ベタ惚れと尊敬がある




それらを失うということに

ただならぬ喪失感と恐怖…

劣等感の強いわたしが築き上げた

周りから慕われ

男女問わず人氣者の

彼の隣に鎮座出来ているという

他者への優越感に対する敗北感



それが

ただただ怖いという

大きな原因だろう





結婚時代も

今ある「アル」に対して

失うことが怖く

責任感や世間体やプライドで

居なくてはいけないと

思い込んでいたのに




離婚を決意した時

それらをすべて

失っても構わないと思えたから

決行できた




わたしの願いを叶えて改築した

住まいのスペースなども含めて

それまで執着していたのに

もう必要ないと思えての離婚だった



この年末にも

離婚時にも手放せなかった

大事にしてきた家具やら

執着していた雑貨類など

一斉に断捨離した

この先の未来には必要ないと思えたから




そうして

執着を手放す経験を

少なからず段階を追って

やってきたので



もしも別れるのであれば

それを受け入れようと思った


別れたくはないが

その「選択肢」を自分に与えた





どうやって

ごめんなさいをして

一緒に居られるようにすべきか

だけを考えるのではなく



「わたしはそれを受け入れます」

と答えられる自分を作ろうと思った






どこか他府県へ行く

ひと月くらいは時間をもらって

その間に私物を処分する

バッグで持てるだけの

身の回りのものだけを持ち

交通費はあそこから調達し

住み込みの仲居さんをしよう

誰も知らないところへ行こう

スマホは解約して

しばらくは持たないでがんばろう

親と息子と親友にだけ

勤め先を教えよう

ひと月の間の食事は

こういう条件で頼んでみよう

etc…



わたしが何者か

誰も知らない土地で

何も持たずに飛び込んでみよう



それには

身分証やら連絡先やらないと

できないことなのかもしれないが

調べたら

そういう危ない状態の人向けの

支援組織もあったし

住み込みの仲居さんの仕事も

あるにはあるようなので

色々と調べた


細かいことを想像して想定した


それは浅はかで幼稚な

発想と想像ではあるが

できる限り具体的に

想像をしてみた





そうしていたら

今の全てを捨てて

誰も知らないところで生きることに

若干ワクワクした笑




彼の居ない世界が

悪いものではない

新しい世界がわたしにはある



そう思うと


恐怖がスーッと消えていった




絶対に別れたくない!

一緒に居なければ

何もかも終わりだ!


だから別れたくない!


だと




一緒に居る以外のことが

すべて、マイナスなことになる


困るとか、苦しいとか、辛いとか…





しかし

別れた時の生き方を

無謀だとしても想定しておくことで



わたしには

選択肢が増えることになる



そうすると

選択肢の中から

「一緒に居たいから」居る

という選択をしていることになる



一つしかないものなら

しがみつくしかない

それが100なら

それ以外はゼロ

もしくはマイナスということになる



10でも20でも、5だとしても

100のうち

わたしには選択肢があると

自分に与える




スマホを手放し

慣れ親しんだ土地を離れ

両親、息子、親友以外に

行先を明かさずに

今の世界を手放すことに

ワクワク出来た自分が居た




「面白さ」として

わたしが得た新しい世界は


今の世界への不安と恐怖を

和らげるだけの

充分な効果があったのだ





結果的には

いつもの彼のパターン通り

わたしを懲らしめて

反省し切っただろうという

タイミングで

「無視」が終わり

通常へと徐々に戻って行った



そのプロセスの間

いつもなら

戦々恐々しつつなのだが



今回は

別のワクワクを手にしたので



あ、なんだーよかったー

いつものパターンやったかー

別れる、出ていけを

ガチで言われずに済んだー



もし

言われたら言われたで



「はい…わかりました…」

と言う覚悟と

イメトレをしていたので

肩透かしをくらったような氣も

微かにありつつ

万が一の想定は

あくまでも僅かな選択肢であり

それが現実となるか否かの

判決が下りるまでのスリリングさから

張っていた緊張の糸が

突然プッツリ切れるような緩急体験は


嬉しいというより


免れた、生き抜いた

九死に一生…感が勝るが


恐れでしかなかったものに

新しい刺激が加わり

真逆の感情が芽生えるという


ランナーズハイ

クライマーズハイのような

苦しみの上の快楽と

その達成感の充実度


テーマパークの

アトラクションのような

怖いけど楽しい…?


みたいな

壮大な時を味わった

(一日だけだがw)







何度も言うが

別れを望んでいたわけではない笑



でも

そうなってもいい覚悟の裏付けが

わたしを途中の恐怖や

未来の不安から

救ってくれたのである




よく

ナイナイと思えば無いが

アルと思えば

たくさんのアルしかない


アルにフォーカスすることで

ナイの焦りや恐れは

本来は「ナイ」のだ


というような概念の話があるが



物質や環境や五体満足や

自分のもの、取り巻くもの以外に



「選択肢」というものも

アルの中に入るとすれば



こんなに

¥0で自由で氣楽で

瞬間的に手に入るものが

あるだろうか



願いや望みは

一見、純粋な希望のようでいて

実は本質とズレていて

根底では、欲や恐れや

責任感や優越感、劣等感から

生まれてしまっているもので



真の願いのようで

実は欲まみれな執着が見せる

劣等を誤魔化そうとするための

フェイクであり



それに代わるもの、という

条件でのものさしでしか見ておらず

願いの真髄ではない



叶わない、出来ないと

信じてしまっていることが

今アルものへの執着となり

出来ないという理由付けが

今アルものへの言い訳となり

それが自分の首を絞めている



選択肢があれば

失うものがあるようで

新しいものも得るので

最低でもプラマイゼロ



アルというベクトルでは

無限にアルということでもある

(ダジャレかw)





そのつもりで対峙すると

同じ現象が起きても

「余裕」が持てる





しつこいようだが

別れたいのではない



別れたくなくとも 

別れることへの恐れが

別の選択肢での

新しい世界への繋がりとなり

わたしは

開けていい扉の鍵を

いくつも持っている

という安心に変わる






そうしてわたしは


恐れではなく


ただ一緒に居たいという

真の願い、望みにより

彼と共に居るという



「選択」をして

今ここにいる



彼を失えば

すべてが崩壊する



その執着や思い込みが

起こしてはいけないという

禁忌の引き金にも

なっていたのではないかとも思う





今は、起きても構わない

それ以外に

わたしには生き方がアル



それが胎に落ちることで

逆にタブーに突っ込むことが

無くなるのではないかとも思う




彼のタブーは変わらないが

わたしの危機感が様変わり

同じ現象は危機ではなく

ひとつの事実でしかなくなり

わたしは都度

わたしが自由に「選択」する、できる


その世界を得た





皮肉とも言えるのか

不思議なことに

その後から

さらに仲は深まった


ように勝手に感じている笑






恐れは

自分への不信頼


自分不信ほど

脆弱な土台はない


何か起きれば

途端に崩れ、脆いはずである



基礎固めをすれば

怖いものはない






さぁ、どんとこい😆