2017年6月20日午前、GACKTさんのライブの知り合った方が亡くなりました。
悪性脳腫瘍、1年4ヶ月の闘病の末
46歳の若さでした。
友達になり約七年
私が奈良県、彼女が島根県とかなり遠い距離。
会えるのはGACKTさんのライブの時や、2回島根県に行った位で、電話やメールが主でした。
とにかく優しく、お姉さんみたいな方。
飼っているヨークシャーを溺愛。
持病もあり、体力に昔から限界があったみたいで、奈良県にも遊びに行きたいと願ってました。
最初はGACKTさんの話題でしたが、時が経つに連れて日常の話題で楽しくおしゃべり。
ある時は私の愚痴、ある時は彼女の愚痴。
あまり友達がいない私にとって、かけがえのない人となりました。
なのに
最悪の病気
かわってあげたいくらいでした。
私は独身で、残して悔いのある人はいません。
でも彼女は、病気にならなければ今年に結婚する予定でした。
彼女の過去の話を聞いてて、誰よりも幸せになってと願ってました。
幸せに…
去年の4月に岡山市で15時間にも渡る大手術に耐え、やっと病気から解放と思ったのに、取り除いた腫瘍がグリオーマ。
本人は元気になると信じ、沢山の薬、抗がん剤に耐えてました。
お見舞いに行った時は、お互いに泣いてしまいました。
本当はこの岡山で、この4月にGACKTさんのライブがあり、彼女は昨年にチケットを買っていた。
病室の窓から会場が見えてた。
何年かぶりのライブと、喜んでいたのに…
もう気持ちがわかりすぎて、かける言葉が見つかりませんで。
でも、彼女は明るく振る舞いこれからの事を色々教えてくれました。
さすがに別れ際も、これが最後かもと泣いてしまった。本当は笑顔が良かったんだけど。
それから入退院を繰り返し、徐々に弱っていく彼女の様子が気になり、昨年11月に島根県に行きました。
高速バスで大阪から約5時間。
長い道のりでしたが、辛くなかった。
自分の身体が思い通りにならない彼女と比べたら、辛くなかった。
3日間滞在し、彼女の婚約者も交えて買い物に行ったり、市内巡り、DVDを観たり、カラオケに行ったり楽しく過ごしました。
あまり濃い味が食べれないとの事だったので、関西風のうどん出汁を教えてあげたら、美味しいと言ってくれた。
この別れの時が、動く彼女を見た最後でした。
それからは、電話やメール、LINEでやりとりし私が落ち込んでいると教えたら、アロマを教えてくれアロマポットとオススメのオイルを宅配で送ってくれました。
私の形見って…言って。
正直泣きそうでした。
それからの彼女は、脳出血を起こし手術を受けたり…
そして、先月5月22日彼女のお母さんから連絡。
5月初旬に自宅で転び骨折し入院。原因は分からないけど意識不明に陥り10日に今夜が山と宣告をされた。
でも、意識を取り戻し自発呼吸まで快復。
しかし、話すことも食べることも動くことも出来ない状態になった。
時々、目を開けてキョロキョロしたり、左手を動かしたりしているらしい。
24日に急遽、島根県に行った。
ベッドの上で栄養チューブを鼻に入れて動かない彼女を見た時には、胸が張り裂けそうだった。
彼女の顔の脇には、iPod。
GACKTさんの曲が流れ続けてました。
前日に熱を出したらしく、朝から反応が無いらしい。
まーちゃんやで
来たよー
目を開けて
って、顔を近づけ声をかけ続けた。
そのうち看護師さんたちの診察が始まり、ただみていた。
お土産に持ってきた犬の人形。
関西では『家に帰る』という話し方を『家にいぬ』という。
だから犬は縁起物。
点滴の吊るしているワイヤーに看護師さんの許可を貰い、逆側にかけておいた。
そして本を読むのが好きだから、カエルの絵のあるしおり。
そして帰ろうとしたら、目を開けた!
目線に顔を持って行き
わかる?
私やで!
夢じゃ無いよ!
会いに来たよ!
必死で声をかけました。
耳は聞こえている。
分かったはず。
目の動きでかえしてくれたと思う。
本当に必死で必死で、
私が携帯に持っている、二人の思い出の写真や、彼女の愛犬の写真、そしてGACKTさんの写真を話しながら見せ続けた。
GACKTさんに反応がある!
嬉しかった。
まだ彼女には可能性がある。
そう信じて、帰りました。
後日、お母さんから病院の提案でGACKTさんに来てもらえないかと、手紙を書こう。奈良の友達にも書いて貰おうと連絡がありました。6月14日に速達で自宅へ送付。
19日にお母さんが病院の専用封筒に入れ、GACKTさんへ速達。
でも、遅かった。
20日に息を引き取る。
何も連絡は無い。
病院に連絡がされ、亡くなった事を伝えているのかも?と、お母さんは話してました。
また、島根県に行きました。
最後に会うため。
家族葬なのに、お通夜から押しかけてしまった…
でも、お母さん達は歓迎してくれた。
本当に安らかな顔だった。
今にも、起き出して話しかけてくるのかと思う位に…
最後は、あまり苦しまずゆっくりと逝ったらしい。
翌日の出棺の際に棺には、GACKTさんのグッズ猫耳、猫の手、楽祭のベージュの性服、楽祭でGACKTさんのパネルと撮った写真、私が前日持ってきた犬の人形も入れてくれた。
思い出が沢山
GACKTさんと会えなかったけど、一緒にいきたね。
火葬場での最後に、泣いてばかりで声が出ない私だったけど、言いたかった事をを頑張って伝えた
『ずっと友達、ずっと友達』
さよなら…
でも、また逢おうね
そして一週間たった
なんか彼女を身近に感じる
私を心配して、島根県から来てくれてるのかな?
まだ泣いてる私が気になって?
遠いところ、ありがとう。
私がそちらに逝った時には、遠方手当てをあげたいと思います。
どの位、払えばいいのかな?
怖いわー
請求書もらわないとね。
用意しておいてね
ゆかちゃん
まさこより