白 々 ―役者・中野聡さんファンブログ―

白 々 ―役者・中野聡さんファンブログ―

ファンになりたての私が中野 聡(なかの さとる)さんのことを知っていく、その過程の記録の様なものがメインです。
観劇記録・公演情報等々、のんびり更新。広いネットの世界の隅っこで、勝手に応援していきます。
Twitter、コメント、何でもお気軽に。ネタバレにご注意。

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明るい話題ではないのですが

2014年8月、あるハリウッド俳優が自ら命を絶ってしまいました。
子供の頃に観た数少ない作品の中で、
私を笑わせてくれた人です。
泣かせてくれた人です。
イメージの中の彼はいつも柔和に笑っていて、
その顔は時にいたずらっぽく、そしてとてもやさしく、
「この人の笑顔はずるい!」と思っていました。
人を楽しませる芸達者という印象が強かっただけに、
映画のことも彼のことも詳しくなどないくせに、
彼の死にはそれなりのショックを受けました。

2014年9月、小中学校が同じだった同級生が他界しました。
一度もやり取りをしたことがないのに突然彼からLINEが来て、
何かと思ったら送り主は彼の弟でした。
誰に連絡すればいいのかわからないので、
表示されている友達に一斉送信をして知らせてくれたようです。
同級生の友達一覧には、私が表示されていたのですね。
本名でなかったので誰だかわからなかった筈ですが。
亡くなった理由は、心不全とのことでした。
子供の頃はそれなりに話す方でしたので、
おいおい何死んでるんだよ、理不尽だとわかりつつ、思ってしまいました。

2014年12月、ある作家が亡くなってしまいました。
彼女は香月日輪さんといいます。
私は常日頃自分の全盛期は小4だと言っています。
友人達と太陽の下を駆け回っていた時代を思い出すと、
その象徴のように思い浮かんでくるのが、
彼女の『地獄堂霊界通信』という児童書のシリーズです。
タイトルはおどろおどろしいのですが登場人物が魅力的で、
私はいつかこんな「かっこいい大人」になるのだと。
本当に憧れていました。
いつか、一度でいいから香月さんにお会いしてみたいと思っていました。
ある時大阪でのサイン会を仕事で見送ったのですが、
あの時何としてでも行くべきだったのです。
香月さんはまだ50歳くらいでした。
しかしいつか、いつかと思っていたその日は、
永遠に未来から失われました。
何が起こるかわからない、
今日事故で死んだ人は朝自分が死ぬなんて思ってなかったよな、
よくそんなことを考えていたのに。
その内機会が来ると、
私は何処かで何の保証もない未来を信じていたのです。
高をくくっていたのです。
ずっと待っていた『地獄堂』の新刊を読む日は決して来ないこと、
一目お会いすることが決して叶わないこと。
訃報を知ってからひと月が経ちますが、
頭で事実を理解してはいるのに、まだ妙な感じがしています。

そういう訳で、ここの所以前より死ぬことについて考えます。
そんな折つい最近も、面識はありませんが、
会社のお客様が30代前半で突然亡くなりました。
上司が
「やっぱり葬式で写真見た瞬間泣けてなあ」
と言っていたのが印象的です。
小学5年で、20代前半で亡くなった同級生もいます。
なのにそれでも私は、漠然と
「自分を含め、自分の世界にいる人は70歳を過ぎてから死ぬ」
ような感覚で生きていたのでした。

死ぬことについて考えると言いましたが、
死のうと思っているという意味ではなく、つまり、
「いい加減にいつまでもここに在れると思うな」「そこに在ると思うな」
と意識するようになったということです。
「いつまでもあると思うな親と金」と言いますが、
親以外もいつ会えなくなるかなんてわかったものではないのです。
親しい、親しかった人の訃報を受ければ、
そこには必ず後悔があるのではないかと思います。
いつも今日で最後という気持ちで過ごさない限り、
それを回避するのは難しいとは思いますが。
中々それ自体も難しいことです。
しかしそういった意識は強く持っていようと、
去って行った彼らがぼんやりしていた私に教えてくれました。
卒業以来会っていない人でも、
LINEの友達一覧に何故か名前があるのなら、
元気にしているかと言ってみてもいいじゃないか、
送れるのなら葉書の一枚でも送ったらいいじゃないか、
そうしなければならない、と思うのです。
2014年後半に起こったあのようなことは、今後も続いていくのです。
勿論もしかしたら、次は私かも知れなません。
私はああもう一度だけ話してみたかったと悔やむ確率を最小限に抑えたい。
死んだのが私であった場合後悔も何もありませんが。

望みがあるなら、憧れの人がいるのなら、
本当は今すぐにでも走って行かなければならないのです。
その人が消え失せてしまうのは今日かも知れない。
存命でも、いつまでも「そこ」にいてくれるとは限らない。
私の望みは叶わぬものとなりました。
ですので、「いつかあの人と」というような望みを持つ人達に、
言って周りたい気持ちでいます。
今日をもって絶対に不可能になるかも知れないんだ、
その人を早く迎えに行ってくれ出来るなら今行ってくれと。
私が知っていることは誰しも知っている、というのは知っているつもりですが。
身体的な寿命を迎えることなく、あっさりと人は去っていきます。
知っているのに解っていないのは、恐ろしいことでした。
いつまでもあると思うなすべての命、心に刻んで生きようと思います。

思うままに。