KARA 復活は近い!キム・ヒョンウ記者の記事 | 歌舞伎町の歩き方

KARA 復活は近い!キム・ヒョンウ記者の記事

KARAについては、今、憶測や不確かな情報が錯綜するばかりで、もっとも大切なことがないがしろにされている。それは、KARA本人達の気持ちだ。「わたしたちは、こうしたい・こうありたい!」という自らの言葉。そんな中、おそらくKARA関連で、もっとも信頼できるヒョンウ記者の記事。KARAの近くでKARAのことを考え続けるヒョンウ記者にしか書けない愛あふれる記事! 信じて待ちましょう。^^


[ニュースエン キム・ヒョンウ記者]

カラーといえば浮び上がるのは何だろうか。

大部分の大衆は今のカラを作った'お尻踊り'であろう。だが、ファンたちは多分違うと考えるだろう。ファンたちはカラーの象徴で恐らく、そして今でも'五芒星'を思い出させるところだ。

'五芒星'は星の模様をいう。カラーにあっては大きい舞台に上がる前メンバーらどうし手を交錯するように捉えて'ファイティング'を叫んだ意識だ。知り合いは珍しいが最近カラーアルバムにはこの'五芒星'模様が必ず挿入されたしカラーメンバーらも厚い友情と優れたチームワークに対する表現で自負心を感じてきた。

ところで今はこういう'五芒星'を見られないかも知れないという憂慮が出てきている。ハン・スンヨン、チョン・ニコル、カン・ジヨンなど3人メンバー側が所属会社に契約解約通知をしながら解体の可能性まで占われている。

今回の事態を置いて色々な噂が盛んだ。 両親が主導したという論議をはじめとして背後説、数十億ウォン提示説などが一日が遠いと提起されていて所属会社やはり契約と処遇問題に対して自由でない。

ただし惜しいのは両者共に過去に執着していて子供たちの未来を見ていないという点だ。 過去問題を置いて泥沼戦を行っているこの瞬間にもメンバーらのイメージは失墜している。 事実上子供たちが直接出られずにいる状況で最も大きい被害者になっているわけだ。 背信者、お金に目が見えなくなった、人気が上がって変わった、このような子供たちが耐えるのが難しいイメージがかぶせられている。

カラーが存続しようが、違おうがまだ生きていく日が蒼々たる子供たちにこのような荷を背負うようにしたいのか?

私は大人たちに一度訊ねたい。 不当な処遇であった、あきれる契約不履行だったはともかく、両者共に子供たちがどうなってあって欲しいかに関心を持ってくれ 問題芸能人と烙印を押されて生きていくのはまず防いでいかなければならないではないか

さらにもしカラーが分裂する場合厳しい芸能界の雰囲気でメンバーらが活動をすぐにできるという保障はない。 いや事実上可能性は希薄だ。 こうした中幼いメンバーらが受ける精神的苦痛やストレスなどはどうして補償をすることが出来るだろう。わずか5日間の仕事も多く大変なメンバーたちが背負うこれからの仕事はそれより何倍ももっとつらいはずだ。率直に私は子供たちにそんなことをさせる勇気も、させたくもない。

相変らず霧だ。 一角で希望的な便りが聞こえてくるが何処からか否定的な意見も聞こえてくる。 すでにさじを投げこもうとする所が現れ始めたし泥沼戦に何か得てみようとのぞき込む者もあるようだ。

現在で最も最善の方法はただ両者が真実公正を持って対話に臨んで和解をする絵だ。 事実上カラー存続の唯一の方法であり5人の子供たちが一つになることができる唯一の方法だ。 理想論を広げる必要もなくて英雄論に陥る必要もない。 世論がカラー残留に力を与えている理由もこれに起因する。 まずカラー解体を防がなければならないというファンたちの心理が大きく投影されたためだ。 残留が確定して解体憂慮が消えれば世論は分かって処遇改善で傾く。

所属会社や両親.大人たちが目の前に見える利益に、または過去の争いに未練がましがらなければ良いという感じだ!過去の問題をずっと掘り起こして戦う瞬間皆さんの'子供'らは奈落にずっと落ちて行く。過去問題は解けばそれだけだ。どんなに難しい問題も一歩ずつ解決していけば何らかの光が見えないだろうか。

この前あるメンバーと電話通話をした。泣いて話す騒ぎではないという噂に心配になって電話をかけた。

当惑した。"大丈夫なの"という話に"あのとても大丈夫です。よく食べて元気です。とてもとても新鮮です"と答えたためだ.

声が湿っているのがまざまざとわかるのに私がかえって心配するかと思ってあんな演技をしたのだろう。そして多分他のメンバーらもほぼ違わない様子だ。 そして最も重要なことは"私たちの五人”という話を口についていた。子供たちにまだ重要なことは'私たちの五人'ではないか?

私は相変らず控室で手を交錯して捉えてファイティングを叫ぶカラーの五芒星をほんのちょっと見たいだけだ。 カラーに関連した大人たちとって私の欲は過度なことだろうか?