在るがまま(真如)法(止観の法)に執着している境地はまだ真の癒し(真の慧 真の止観)ではない執着している境地というのは色受想行識の五蘊のうちの識を自らだと勘違いしてその意識として念により世界(のこりの色受想行)を集中してみているにすぎないそうではなくて法にも執着しない真の慧は12因縁という無明からの仮の主体の識からの幻の止観ではなく在るがまま(真如)からの真の止観であり因縁の滅尽である