昨年の4月
母方の叔父(母の妹の旦那)が
亡くなりました。
初七日を過ぎてから私だけ
叔母のとこへ泊まりに行きました。

ちなみに、この叔母が
純烈LOVE♡の従姉妹親子です。
その日も
DVDやら見せられまくりましたよ。笑


実はこの数年前から
父は外泊がひどく多くなっていました。

パーキンソン病の診断が
きちんとでたのが
ちょうど私が離婚して出戻ったころ。

薬が効いているとはいえ
病気は進行していきます。

身体の震撼や
運動能力の低下は
自分でも自覚しているはず。

車の運転中に
自損事故を立て続けに起こしたり
使途不明なお金を持ち出したり
外泊がひどく続いたり、と
家族との喧嘩が絶えませんでした。

特に正義感が強く嘘が嫌いな妹は
父を厳しく追求します。
図星をつかれたことに逆上した父に
拳で数発殴られるという事件が起きます。
それから
私たち姉弟と父の関係は悪化の一途。

私たち姉弟は私が二十歳くらいのとき
女性の影にはとっくに気づいていました。
特に妹が衝撃的な場面に出くわしていて
お母さんには口が裂けても言えないと
私と弟に話していたのでした。

夫婦間で、大きな喧嘩もなく
特に問題なく生活出来ている。
母は、、、たぶん疑ってない様子。

今の生活を守りたい。
当時の私たちはそれだけでした。

かなりのパパっ子な妹
相手の女性は
妹がすごく仲良くしていたし
遊びに行き来したりして
信頼していたひと。
私たちより
8つ程年上の人でした。

うちでは昔
年末に餅つきを大々的にやってて
会社関係の人や飲食店関係
友達のそのまた友達、と賑やかでした。
餅つきにもその女性はよく来ていました。


話を戻しまして
母は妹である叔母には
自分の悩みを相談していたらしい。

叔父の初七日が過ぎて
気が抜けたのか叔母は
泊まり来ていた(酔っ払いな)私に
ついうっかり母の悩みを話してしまった!


それが
「隠し子」の存在。

…なかなか衝撃的だったけど
あまり驚かなくて
どっちかというと
「あ、やっぱりね」って。

叔母は私のあまりの冷静さに
驚いた様子でした。

叔母たちもね
旦那の白血病発覚からの1年半
繰り返す入院、闘病
亡くなって葬儀済ませて、、、って
姉ちゃんの悩み相談どころではないから!

叔母は
言わないでって言われてたのに…
本当にごめん!
って私に謝ってたんだけど
きっと、もう
皆、壊れる寸前だったんだと思います。
だから、わかる。
ついつい吐き出したくなったの。
それがたまたま私だっただけ。

私が、なぜ冷静だったか?
だってその事実を聞いたら
これまで不思議な行動をしていた父の
全てに辻褄が合うんだもん!!!


あ~だよね。ってなるよね。笑
だから叔母には
教えてくれてありがとう
おばちゃんもきつかったよね 
そんな時に母の相談に
付き合ってくれてありがとう
って思います。

よくよく話を聞くと
母も弟も私より前から知っていることで
父の姉である伯母と父の叔母も知っている。

まぁなんと、知らなかったのは
私と妹だけだった…(^ω^;);););)

でも知ったからには事実確認しなきゃ。
それから母と弟に話を聞き
妹には話すのか?となったとき
しばらくは内緒で、ということにしました。

相手の女性と関わりがありすぎる妹に
全て伝える勇気が出なかった。

このことはあとで
大きな後悔となるのですが…(^ω^;);););)

ひとまず
相手の女性は顔は分かるが
住所氏名が分からない。
みんなニックネームで読んでたので
本名知らなかったんですよね。。。。
父に問いただしても絶対口を割らなかった。

子供の名前と学校は分かる。
母にバレたあと開き直ったアホな父は
母に子供の話をよくしていたそう。

…聞かされる母がどんなに辛かったか。

この頃は
母が父から嫌われたくない
棄てられたくない一心で
思考を父にコントロールされていた。

なんと愛人との子供へ渡す小遣いを
父は母に用意させていたのです。
年金を母に管理されていたし
持参するのに足がないので
(このとき既に、事故りまくりで
私たちから強制的に免許返納済み)
相手の家の近くまで送迎させたり。

もうね、ほんと酷い。
母を何だと思ってんの。

今では母も
「自分でも馬鹿だなって思うとよ」
って言ってますけど

母にも相手にもうまいこと言って
どちらにもいい顔して
父はこの20年程
ほんとクズな生活してたんですよね。

とにかく私に発覚してからというもの
話をしてもなかなか本当のことは言わず
こちらが核心をつくと逆ギレし
高圧的な態度と誠意のなさに失望。
のらりくらりとかわし続けるずるい父。
で、相変わらず忘れた頃に行方不明。

母の心はもうとっくに壊れていました。
…ごめんね、お母さん。


私と弟は
次の段階に進むことにしました。