「時には昔の話を」
http://www.youtube.com/watch?v=rIePRLjn8gs
↑間奏のアレンジは菅野よう子さんらしいです。



コントライブを振り返る③


自分達は1年に1回くらいコントライブをやりたいなとかねてから
思っているのですが、実際はそれ以上間が空いてしまっていました。

第1回2000年2月14日
第2回2005年4月9日
第3回2008年1月20日

理由はコントライブが終わると、心身共に疲れきってしまうからです。

台本作り、練習はもちろんのこと
場所取り、小道具作り、顧客管理など、制作から何から全て自分達で
やらなければいけないのと
(結婚式の2次会をやるのにちょっと似てます)

何よりも、他の趣味と違うところは、笑い、というお客さんの
ダイレクトな反応がくるかどうかで
問答無用に成功、失敗が決まってしまう
ところでしょう。もちろん、そこが面白いところでもあるのですが
仕事の合間に苦心してやったことが失敗し続ける=達成感を味わえないというのはなかなか辛いものがあります。


2009年5月31日
第4回コントライブ「コーヒーは雨の振る午後によく似合う」

そんな中、約1年後にこのライブができたのは、前回の参加者が
そのまま残ってくれ、人数が増えたことが大きいです。さらに

この回からmixiを通じて知り合った、コントの脚本を書く教室に
通っている中田さん(宅配のコント書いた人)が脚本として
加わってくれます。

ちゃんとコントの指導を受けた人が参加してくれたことで
いい意味での緊張感と、今回はいけるかも、という期待感が
一気に増しました。中田さんの台本を読み、その気持ちは
さらに上がります。

そして、広告会社のクリエーターとして、日々創作の場に身をおく
大ちゃんが、大人数でモノ作りをする際のノウハウを教えてくれ
大ちゃんや、中田さんのコント作りへのストイックな向き合い方に
自分達は影響されていきます。
(影響されて自分達ができたのは台本の締め切りを守る、
 とかそういう ことなんですけどね。)

締切日に集まった台本は、いくつかカットせざるを得ない量に達しました。何より、今までよりも格段に面白い!この回の台本は今読んでも
面白いです。

前回ネックだった役割分担、スケジューリングも序所におこない、いい
ムードで迎えた本番、中田さんの提案により初の2回公演です。

同じ内容のものを2回やる、というのはとても良い経験でした。
昼公演と夜公演でお客さんの反応が全く違います。さざなみ以上の
笑いを何回かもらえた昼とは一変して夜は重い空気。原因は2つ。
役者が疲れてテンションが下がってしまったことと、空調が故障し
場内が尋常じゃない蒸し暑さになってしまったこと。

知人の中には、今回はよかった、といってくれる人がいましたが
自分の中ではこのライブも失敗です。

テンションや場内の蒸し暑さは次回、気をつければ改善できます。それよりアンケートを見て感じたのは、台本の面白さが半分も伝わっていないということでした。
率直な感想をくれる何人かの人にインタビューして感じたのは、演技をなんとかしなければ成功はない、ということでした。

あ、あと今日はバレンタインデーなのですね。
皆様に良いことがありますように。

→Pia-no-jaC← かっこいいです。
http://www.youtube.com/watch?v=41XzJ9oMRio

「コントライブを振り返る②」

自分は大学時代、早稲田吹奏楽団という吹奏楽サークルに所属していました。
team0214はそこから生まれたコントグループですが、それより前に生まれた
ゲームミュージックバンド、FCB(http://www.famicomband.org/
の存在は自分達にとても大きな影響を与えています。

合宿で笑いをとっていたのも、サークルの外で公演を行ったのもこの
偉大なる先輩達が先駆者で自分達は追随したにすぎません。
Windows95が発売されたばかりの大学1年生の頃(1998年)FCBがおこなった
最初の演奏会の音源をCDで聞かせてもらいそこから
クロノトリガーのテーマが流れてきた時の興奮はいまだに忘れていません。

話を戻します。

・第3回コントライブ「がびりだえくすきゅーも」
土日だけを使ってコントライブをやるには 
人材、特に脚本力が不足していると感じた自分達は
何故か脈々と続いていた吹奏楽サークルの合宿でのコントライブで
異彩を放っていた後輩、
並平君(宅配屋役の人)をコントも作れる役者としてスカウト。

さらにFCBメンバーで、演奏会中にファミコンのキャラを演じる時
(そういう演奏会なのです。詳しくは上のHPをどうぞ)
不思議な存在感を放っていたモリモさん(妻を泉に落としてしまった男役の人)に役者として声をかけ、

広告会社のクリエーターで、コントをつくることに興味を示した友人の大ちゃん(黒子のコント書いた人)を脚本家として迎え入れます。大ちゃんは、初の吹奏楽団員以外のコントメンバーです。

前回のライブ「春」では7本のコントをやり、というかそれ以上はできず、
そのうちの1本に至っては当日の朝4時にようやく台本が書き上がるという有様でしたが、
この時は練習開始の約3ヶ月前には
台本がいくつかあるという状態にとても喜んだ記憶があります。

しかし、ここで新たな問題が発生します。
自分達はそれまで普段の会話の中でコントをつくっており、
演技の訓練をしたことはなかったため台本を演じる、
特に新しく加わった人達のつくるコントを演じると凄く不自然に、
もっといってしまうとほぼ台本棒読み状態になってしまうのです。
台詞を覚える難しさも増しました。

さらにもう1つ、人数が増えたことによりそれまでの、
土日にとりあえず集まりできることをやる、
では収拾がつかなくなってしまいました。

その頃は特に決まった役割分担もなく、
演技の練習、台本の練り直し、構成、音楽選定等を
ごちゃまぜにやっていたので、
途中でよくわかんなくなって
ただ皆で唸ってしまう時間が多かったように思います。

そうは言っても、この回から稽古場を外で借りて
(それ以前はリーダー宅とか公園とかでやってました)
ちゃんと練習しましたし、土日も散々潰しましたし、皆本当に頑張ったので前回よりもうけるはず!と本番にのぞみました。
社会人の趣味の発表会関係でおこりがちな痛いパターンです。

結果は前回のコントライブ同様、
たまーにさざ波のような笑いを頂くのがやっとの状態でした。
アンケートには「完成度は上がったが、前回の方がまだ笑えた」の声も。

「春」に続き、楽しいより辛いの方が勝ってしまったライブでした。
打ち上げの酒は、ほぼヤケ酒に近い状態でした。
初めてコントを人前でやったのは大学1年生の頃、入っていた
吹奏楽サークルの春合宿の飲み会を盛り上げてやろうと、友人に言われて
でした。それまでほとんどお笑い番組を見たことがなかった自分はよく
わからないまま二人で色々考えて作ってみましたが、
直前で完全に自信がなくなり
友人が面白い先輩と崇めていた4年生のso1さん(コンビニ店長の人)
に泣きつきます。

結果は大成功。勢いに乗って次の夏合宿では飲み会の途中に、会場とは
別の部屋でコントライブを行う(飲み会会場でチラシを配って観にきてもらうのです)暴挙にでますが、これまた大成功。ちなみにこの時にサークル同期の
寡黙な強面として認識されていたトシ君(火の鳥の人)が当時、
最も面白かったコント番組「笑う犬の生活」
が好きだということを知り、誘ってみると快く承諾し仲間に加わります。

自分を除いた3人は本当に笑いを人前でやりたかったようで、
この成功を糧に劇場を借り切って
サークルの外でのコントライブを企画しようと盛り上がります。当時は他のことがやりたかった自分も、3人の熱に引き寄せられるように参加。
so1さんの当時の彼女が夢にみたということからついたユニット名「team0214」としては初のコントライブを2000年2月14日に決行します。結果は引き分けといった感じ。
今思えば台本無しでおしゃべりの中から創ったこのコントライブは、当時
ネタもの番組がほとんどなかった時代の素人学生
がやるものとしては悪くなかったと思うものの、
内輪だけのはずの客席から思ったような笑いはきません。
そりゃそうです。合宿の飲み会中に酔っ払って温まりきった人達相手にする
のとは勝手が違ったのです。

team0214の単独コントライブとしてはそこから冬の時代が続きます。

・第2回コントライブ「春」
就職氷河期の中、就職浪人したものもある中それぞれ無事サラリーマンになり、
仕事も徐々になれてきた3年目(自分は無職でしたが)
最初にコントをやろうと誘ってきた友人が「飲み会で笑いをとることで
自分は満足できるようになった」という理由で去り、3人でのコントライブ。
ずっと一緒にいたサークル時代と違い、週末だけでのコント活動に慣れず
完全な不完全燃焼で幕をとじます。