(ネタがないので)昨年末の話をしよう | ライオンは外出がきらいおん!


馴れ親しんだスマホから、聞いたことのない音が流れ始めたのは去年の暮れ頃のことだったと思います。
「おい、どうしたスマホ!?胸が苦しいのか!?痛むのか!?」
ただの着信でした

電話の先は、父親のお姉さん。
要するに親戚の叔母さんでした。

内容を要約するとこんな感じ。

「祖母と一緒に、九州に行ってほしい」

そして気付くと私は祖母と一緒に空の上でした。
2泊3日の、祖母との2人きりの九州旅が始まりを告げたのでした。

ふーむ、なるほど。
小型プロペラ機というのは、こんなにやかましいものなのか。
きっと座席が、プロペラ稼働部に一番近い位置だったのも起因するのでしょうが。

関西の空港から、九州の空港まではおおよそ1時間ちょっとでした。
いや待てよ?2時間ちょっとだったかもしれない。
あれ?3時間だったっけ?

思い出せないのは、きっと半年以上前の話だからでしょう。
どうか生暖かい目で読んで頂きたい。

九州の空港に足を下ろした私は、気圧の変化による耳の違和感に苦しんでおりました。
あるよね?なんかキーンってなるやつ。なんていうのあれ?

空港の側で、レンタカーを借りて、運転席に私が座ります。
何を隠そう、今回の私の役目は運転手なのですから。

電話の先で、叔母さんはこう言いました。

「おばあちゃんが九州であるお葬式に参加するの。私はその日仕事なんだけど、車なんかを運転するの、おばあちゃん一人だけだと不安でしょう?一緒に九州まで行ってくれないかしら?多分おばあちゃんお小遣いとかくれるだろうし」

快諾しました。
いいえ、まさかお小遣いに釣られてなんてことはありませんが
これは、そう!祖母の身を案じてのことなのです。まあなんて優しい孫なんだろう。奮発してください。

誰のお葬式なのかは聞いてませんでした。
祖母のきょうだいの誰かなのか、それとも友人なのか、なんなのか。
祖母は「ライオンにとっても遠い親戚にあたるのよ。小さい頃あったことがあるはず」
小さい頃あったことがあるはず、という台詞は幼馴染との再会フラグ以外では使ってはならないと思いました。
だってもうその人死んでるんでしょう?

慣れない道を慣れない車で走るのは、なかなか精神的に疲れるものでした。
九州のド田舎だからですかね。対向車も後続車もまるで見かけないものですから、ゆっくり走れたのは運がよかったかもしれません。
あと、どうでもいいんだけどレンタカーの受付のおばさんが方言で訛り過ぎてマジ何言ってるか分からなかった。

そしてなんだかんだでお葬式。
「え?なに俺運転手だけなんじゃないの?お葬式にも参列するの?え?マジで?」
全くその気はなかったのだが、祖母の中では参列者の中に私も含まれていた模様で。

「いやでもおばあちゃん、俺礼服とか持ってないし」

誘われたらとりあえず断る精神がいかんなく発揮されました。


「じゃあ買ってあげるわ」

看破されました。

そんなこんなで、まあ見事な礼服を仕立ててもらいました。
年末の冬場だったで、ご立派なコートまで買って頂きました。

「いい礼服を買ってあげたのだから、今回のお小遣いは無しね」

期待していなかったとは言え、少し落ち込みました。
いや嘘。
大いに期待していたので、大仰なほどに肩を落としました。

お葬式のマナーというか、ルールというか、慣例のようなものをまるで知らない私はいろいろと考えを巡らせ勘案した結果。
「きっとお葬式だから、みんな沈痛な面持ちで悲嘆に暮れているんだろう、決して笑っちゃだめだ」
私はむっと口を真一文字に縛り、別に悲しくないけど悲しい感じの雰囲気で臨みました。
いやだって、知らない人なんだもん。

式場に入った途端、笑い声が耳に入る。
参列者が三々五々、グループを作って歓談しているのだから驚き。

おいおい、なにこれ本当にお葬式?
町内会の日帰りカニ食べ放題バスツアーじゃねえよな?

祖母もその中に入っていき
「あら久しぶり!」なんて甲高い声をあげている始末。
祖母にとっては、久方ぶりの郷土とあってか、積もる話もあるでしょう。

ふーむ、どうやらこの中に僕の居場所はどこにもないようですなあ。

「こっちに来なさい、通夜ぶるまいがあるから」


そう祖母に呼ばれて、脇の和室へと案内される私。
そこでは参列者の方々が集まり、お酒や食事やらを楽しんでる模様。

なるほど、今日はお葬式当日ではなく通夜だったのか。
その時初めて知りました。

通夜ぶるまいって確かあれだよね。
故人との思い出を参列者同士で語り合う的な?なんかそういう場だよね?

故人のことまるで知らない俺がいるような場所じゃねえな、と直感でそう感じたんですが
叔母はそうでもないわけです。

叔母の付き添いとして参加した私に、権限など微塵もありません。
叔母が思い出話に華を咲かせている間、私は横でニコニコしながら時折出されたお茶を啜るくらいしか出来ないのです。

いやぁ、これが苦痛な時間だった。

参列しておきながら苦痛だったとは失礼極まりないことかもしれませんが、ここは2度言わせていただきたい。
いやぁ、これが苦痛な時間だった。

俺の知らない人達が、俺の知らない話題で、俺の知らない言語で盛り上がっているのです。
いや悪いけどほぼほぼ訛り過ぎて、何言ってるか分からないからね?

それでも祖母の付き添いできた以上、顔に泥を塗るような粗相だけは絶対に!と心に近い
ニコニコ笑顔のお茶飲みマシーンとして、全力を出し切りました。

何言ってるか分からないけど、俺にふと○○よねえ?と話の一部が飛んで来れば
「そうですね、ははは」くらいの返答はしたわけです、これが僕の全力です。

何度もしつこいと思われるかも知れないが
この通夜ぶるまいの時間が、今回の2泊3日で、一番苦痛な時間だったことは明白でした。
「俺はここでずっと座って、気を遣ってないといけないのか」
いっそのこそ会館を出て、駐車場でずっと腹筋でもしてたほうが幾分が気が楽だったことでしょう。
精神がすり減る、という表現がぴったりでした。摩耗してたね。いやほんと。

知らない遠い親戚たちに囲まれた、神経摩耗たぁーいむ、は終焉を告げます。
なんだか名残惜しそうな祖母と、嬉々として帰りたがる私との差は一目瞭然だったかと。

宿泊している旅館に帰り、大浴場の温泉に浸かった時、私は大きなため息がこぼれましたね。
「しまった安請負して、着いてくるんじゃなかった」
懸案事項、時すでに遅し。




次の日、お葬式でした。

祖母と私は、礼服に身を包み、棺のなかに横たわる個人を見つめます。

顔だけが見えるように、観音開きの窓がついていました。
棺のよこには、親族らしき面々が伏し目がちに立っています。

通夜ぶるまいの時とは違い、参列者みな鎮痛の面持ち。
そうだよこれだよ、私の想像してた葬式!
いや別に待ち望んでたわけじゃないけど、昨日との差がね。

「覚えてる……?」

消え入りそうな声で祖母が私に問いかけました。
故人の顔を見て、この人のことを覚えているのか?とそう訪ねたのでしょう。

やべえ普通に覚えてねえ。

しかし覚えてないと言うわけにもいかない雰囲気。
横に祖母いるし!ななめ前には親族いるし!なにより正面に故人いるし!

思い出せ俺、思い出すんだ。
確か、小さい頃あっていたと言っていたな?
ううむ、頭をひねれ回転させろ呼び起すんだ、かつて神童と謳われた幼少時の過去を!





そんな過去はどこにもありませんでした。
あるぇ?俺の過去恣意的に改ざんされてない?

神童はどこにもいませんでしたが、ふと頭の中に憧憬が浮かびます。
親戚のおじいちゃん、おばあちゃん……そうだ確か!

私がうんと小さい頃、遊びに行くたびにお小遣いをくれるおじいちゃんとおばあちゃんがいたような気がする!
おばあちゃんは寝たきりで、おじいちゃんがその介護をしていたような気がする!
そうだ思い出したぞ!

「た、確か寝たきりのおばあちゃんだったよね……」


いかにも悲しみに暮れてます僕!みたいな声色で絞り出しました(過去を)
すると祖母は俺の方を振り返り

「…………寝たきりだったのはおじいちゃんの方だけどね」

しっ、しまったああああ!!!!
逆だったあああああああああああああああ!!!!

俺の記憶能力ホント当てにならねえ!
親族の前で、故人違う人と間違っちゃったよ!

「そ、そうだったよね……」

一瞬、どこか咎めるような視線を向けられた気がしましたが、気のせいでしょう。
うんうんきっと気のせい。ごめん間違えた。

もうこの時点で、俺の場違い感が半端ではなかった。
最初から場違い以外の何物でもなかったんですが、ここにきて俺の精神が限界を迎えた。
はやく自分のお家に帰りたい。
そう切実に願いました。

ここまで帰宅を切望したのは、いつ以来だったでしょうか。

総括しようと思う。
旅館の飯は不味かったが、風呂はなかなか良かった。

ライオンでした。
thank you bye