ライオン、落ちる。 | ライオンは外出がきらいおん!


 箱の中で天気予報のお姉さんが言うには、今日は雨だとか。
 何を塗っているのか艶めかしく光沢を放つお姉さんの唇を熟視していたので、降水確率にまで意識が回らず傘を持たず仕事に出てしまった。

「はぁ……。やはり降ったか」

 私は、学校に併設されている『警備員室』の窓から外を眺めていた。
 見える範囲の空一面は、薄墨色の雲に包まれ、アスファルトに落ちた雨が水紋を作っている。

 時計の針は正午を回ろうとしている。
 丁度生徒達は、今頃教室で連れ立って弁当でもつついているのだろう。
 便所飯をしてる生徒がいないことを祈るばかりだ。

 いつもの警備員の洋装に身を包んだ私は、椅子にどっかりと座りこみ思案していた。

 先日、あなたとコンビになりたい系コンビニで、私は一つの確信めいた仮説を思いついた。
 一連のアイム君を主軸とするイジメ問題についての仮説だ。

「まあ……イジメはフェイクなんだろうなぁ」

 はぁと言った溜息と一緒に、独り言も漏れる。

 私の考案した仮説を披露すると、一連のイジメ行為は全て、ニセモノでまやかしで自作自演ということになるのだ。
 当然、嘘をつくということは理由があり、意味があり、意義があったのだ。

 ここで仮説を披露することにしよう。

         *

 まず結論から言ってしまうと、アイム君は宇佐美さんのことが好きだ。

 物的証拠があるわけではないが、アイム君が宇佐美さんに好意を寄せていたと仮定すれば、これまでの不可解な行動・言動が一本の筋書きとなる。

 私と宇佐美さんは、これまで彼らの掌の上で踊らされていたのだ。

 まず事の発端は、私と宇佐美さんが教室でボロボロになった教科書を発見するところ。
 もうすでに、その時点から彼らの作戦は始まっていたのだ。
 彼らの目的は、アイム君がイジメを受けていると宇佐美さんに錯覚させること。
 もっと端的にローカライズして言えば、宇佐美さんの気を惹くために。

 そのために、手始めに教科書をわざとボロボロにしてゴミ箱に捨てておいたのだ。
 担当教諭なら、クラスのゴミ箱の異変に感付くと思ったのだろう。

 次に実際、イジメの現場を演じて見せた。
 先日、コンビニで彼らが言っていた断片的な情報は、ここに繋がる。

 「作戦・メイク・演技」

 私が聞き取れた中で、意味のありそうな3つの単語。
 作戦とは、まさしく彼らが実行してる作戦そのものを指すのだろう。
 メイクとは、おそらくイジメの現場でアイムが擦り傷を負っているように見えたアレのことだろう。
 そして演技とは、あの現場でいじめられてるように見せるための演技のこと。

 さらに言えば、コンビニでアイム君が誰かを褒めているような言動が見受けられた。

 「人知れず頑張っているところ」
 「寡黙なところ」

 聞き取れたこの台詞を、宇佐美さんに当てはめて見ると自然になる。
 教師と言うのは、陰ながら生徒の為に尽力しているんだろう。
 そして彼女はあまりお喋りな方ではないので、寡黙と言えば寡黙だ。

 全て辻褄が合うのだ。
 彼らはここまで大がかりな計画を立てて、宇佐美さんの目をアイム君に向けようとしている。
 当然クラス内でイジメがあると発覚すれば、担任である宇佐美さんが関わらないわけはないし、それにしたって彼女は人一倍教育に熱心な部分がある。

 彼らの作戦は概ね成功と言っていいだろう。
 ただ一つミスを犯したとすれば、イジメの現場に宇佐美さんではなく、私が登場してしまったことだろう。

 放課後の教室なら、きっと宇佐美さんが来るだろうと予想したのだろうか。
 その部分が詰めが甘く、杜撰だったかもしれない。
 まあ結果としては、宇佐美さんの目は十二分に惹くことは出来たのだから、及第点と言って差し支えないだろう。

 しっかし……まあ、担任の先生の興味を惹くために、わざわざイジメの演技までするとは。
 恋する高校生は何しでかすか、分かったもんじゃねえなホント。
 ここまで面倒なことをしなくとも、もっと効率的な方法がいくらでもあったんじゃないの?

 あと、言うまでもないかもしれないが
 アイム君が、宇佐美さんの無くしたキーホルダーと似たようなものを所持していたことも、まあ…………そういうことだろう。

 人のものを盗ると言うのは、とても褒められたことじゃないが
 まあ若さゆえの過ちってことで。今回は目を瞑ってやっても構わないだろう。

       *

 これが、私の考えた仮説。
 自分でも言うのもなんだが、おそらくこれが真実だろう。
 アイム君はボッチなんかではなかったのだ。

 一緒になって恋の応援をしてくれる友人を持っていたのだ。
 まあ、祭り上げられてノリでされているだけなのかもしれんが。
 その辺までは分かりかねる。どうだっていいことだ。

「このことを宇佐美さんに……うーん。言うべきじゃないんだろうなぁ」

 ここで私はバラしてしまったら、彼らがこれまで入念に実行してきた作戦が水泡に帰すことになる。
 おそらくこの作戦の終着点は、アイム君が宇佐美さんに告白することだろう。
 まあ他人の色恋沙汰に闖入しても、いいことなんて一つもねえしな。
 彼らの作戦が成功するにしろ、失敗に終わるにしろ、余計なことはしないほうがいいだろう。

 未だにしとしと降り続く窓の外をボケーっと眺めていると、雨の中警備室の方に小走りで向かってくる生徒が目に入る。

「……ん?」

 警備員室の立地からして、どこかの移動教室の動線にはなっていない。
 第一、今はお昼休みでランチタイムなのだ。
 生徒が警備員室に来る理由なんて……ないはずなのだが。

 近付いてくる生徒は、2人組の女子生徒だった。
 一人は楚々とした短めボブカット。もう一人は短いスカートに脱色したような髪色。

 ほうほう女子高生2人が、警備員室に何の御用かな? 告白かな? どっちが?

 女子生徒2人は、警備員室に座る私を見て、窓ガラスをコンコンと叩く。
 開けろと言うことらしい。


「はいはい、何か御用かな? お嬢さん方」

「あの……警備員のライオンさんですよね?」

 私と目を合わせようとせず、か細い声でボブカットの女子生徒がそう問うてくる。
 なんでこっち見ないんですかねぇ……。私何か嫌われるようなことした?
 いや、多分恥ずかしいんだな、照れてるだけだ。そうだ。そういうことにしよう。

「そうですよ、私がライオンです」

 出来るだけ優しく声色になるように心掛けた返事。

「あ、あの……コレ」

 未だに目を合わせようとしないボブカットが、ごそごそとポケットから何かを取り出す。
 ん……? 掌サイズの紙切れ、いや……手紙か。

「手紙?」

「は、はい……」

 なんだなんだ。私にラブレターか?
 今時ラブレターは珍しいな。しかし女子高生から恋文を頂くとは。
 お気持ちは大変嬉しいのだが、私も年を考えるとですねぇ……

「あ、あの……! それを渡してくるように言われてて……」

「渡してくるように?」

 となると、彼女からのラブレターではないのか?

「はい……クラスのアイムって子に頼まれて……」

「アイム君!?」

「あ、はい……それじゃあ私たちはこれで」

 そう言い残すと、彼女たちは足早に去って行ってしまった。
 差し詰め、彼女らは伝書バトの役割を全うしただけか。

 おいおい、なんだなんだこの手紙は。

 女子高生からのラブレターで無いのは、心のどこかで分かってはいたが
 まさか差出人がアイム君とは。
 ラブレターを出す相手を間違ってるだろ。私じゃなくて宇佐美さんに出せよ。

 手紙を開くと
 『ライオンさん お話したいことがあります 今日放課後僕の教室でお待ちしてます アイム』
 と女の子のような、可愛らしい丸文字で書いてある。


 え…………なんなのコレ。
 ラブレターって感じ……でもねえな。果たし状? アイム君から恨まれる覚えはないんだけど……。散文的と言うか、用件だけが手短に書いてある。

 その刹那、パッと私は閃く。

「もしかして、これは私に協力の要請か?」

 私と宇佐美さんが仲良くしているのを知ったアイム君は、宇佐美さんへ告白する手伝いをしてほしいのではないか?
 早い話が恋のキューピットになってほしいってことなのでは?
 その為の相談をするために、俺を呼び出したのかもしれない。

 はぁん。なるほどぉ。

 ふふん。今日の私は頭が冴えてるな。
 なんだよ、そういうことなら言ってくれよ。
 年上の兄貴分として、アイム君の恋路を全力で応援してやるさ。
 全力でアタックして、全力で砕けてくるといい。

        *

「それで……話って何かな、アイム君」

 傾いた西日が窓から差し込み、教室全体を赤く染め上げている。
 場所は宇佐美さんが担任するクラスの教室である。

 私とアイム君以外、教室には誰もおらず
 普段の喧噪はなく、運動部の掛け声が窓の外から遠く聞こえる。


 アイム君は、自分の席に鎮座している。
 いつもと違って精悍な顔つきで、どこか緊張しているのが見て取れる。
 席の横のフックに、アイム君のカバンが掛っている、あのウサギのキーホルダーを付けたカバンだ。

 私は、どんな相談をされるのか色々想像していた。
 宇佐美さんとの仲を取り持ってほしいと言うことだろうから
 まあ、ベターな部分だと2人きりになれる場所を用意してほしい、とかだろうか。

 生徒と教師と言うのは、学校以外では滅多に接点が無いからな。
 どこか適当な場所に宇佐美さんを呼び出す役を仰せつかるのだろうか。

 まあ何にしたって、私に出来る範囲で協力するつもりだがな。

「緊張しなくたっていいぞ。気楽になんでも言ってくれ」

 優しい声色で、俺が諭すように言うとアイム君も口を開く。

「あ、あの……実は僕好きな人がいまして」

 ほら見たことか。ビンゴ!

 やはり私の仮説通りだ。
 私の推理力もなかなか侮れないな。
 警備員なんて辞めて、探偵にでもなろうかしらん。

 気恥ずかしそうに、顔を伏せるアイム君。
 大丈夫だ、私はもうすでに全てを見通している。
 なんなりと、君と宇佐美さんの恋のキューピットを演じてみせるさ。

「その……その好きな人って言うのが……」

「ああ」

「そ、そのっ……」

「うん」

「えっと……」

 小っ恥ずかしいのか、なかなか言い出せないアイム君。
 なんだか甘酸っぱいなぁ、この感じ。
 俺も学生時代は、こんな感じで好きな子に想いを馳せたもんだ。

 どもりながら、アイム君は一言一言を大事に紡いでいく。

「あ、あのっ!」

「うんうん」

「僕……ライオンさんのことが……っ」

「うんうん」

「すっ、好きでして!!!!!」













「うんう……うん?」

 我ながら素っ頓狂な声が出た。

 ……ん?
 今なんつった?


「ごめん、良く聞こえなかった」

「ライオンさんのことが好きなんです!」

「聞き間違いかな。もう一度お願いできる?」

「ライオンさんのことが好きなんです!」

「ライオンさんのことが好きなんです?」

「そうです!」

 待て待て待て待て待て待て待て待て。
 落ち着け。落ち着くんだ私。

 ライオンさんのことが好きなんです?

 私の耳には確かにそう聞こえた。
 と言うか2回言い直させたが、一言一句違わずそう聞こえた。

 アイム君は、顔を真っ赤に染め上げて、握り拳をギュッと握りしめ俯いている。
 え? なんで頬染めてんの? あれ違うよね? あれはただ夕焼けが反射して赤く染まってるように見えてるだけだよね? ねっ?

「えっ……待って待って、ちょっと待って」

 余りの衝撃に、茫然自失とする。


 今の現状が上手く飲み込めないんだが……。
 アイム君が私に告白? 愛の告白? 頭大丈夫か?
 宇宙人か地底人の類に意識を乗っ取られているんじゃないのか?

「や、やっぱり……おかしいですよね」

 アイム君が、寂しそうな表情を浮かべ、消え入るようなか細い声で呟く。

「い、いや……おかしいっていうかぁ」

 混乱し、狼狽し、困惑し、右往左往する私。
 どうしたらいい!? どうしたらいいんだこの状況!
 「やらないか?」って低く響かせたイイ声で言ってあげればいいの?

 アイム君は、伏し目で赤面しており、身体を緊張で強張らせている。
 どう見ても、冗談が通じる状況じゃねぇよコレ……。
 やらないか、つったら「……はい」って承諾されそうで怖いよ……。

 私の頬に冷や汗が垂れる。
 ふと視線を下げると、机にかけてある彼のカバンが目に入る。
 よく見ると、カバンのファスナーが空いていて、中身が見える。

 一冊の本。
 ページの端が破かれた、その装丁には見覚えがあった。
 あの時。アイム君がイジメを受けていた(仮)現場で、彼が持っていた本だ。

 あの時は表紙にブックカバーが付いていたが、今は外されており本の表紙がチラと見える。

 全裸の男性同士が抱き合い、頬を染め、恍惚の表情を浮かべている。
 何故か背景に、薔薇ような花が燦然と咲き誇っている。

「い、いや……えーっと……」

 歯の根が合わず、上手くしゃべることが出来ない。
 真剣な眼差しで、私を見つめているアイム君。

「それで、ライオンさん返事は……」

「ちょ、ちょっと待ってね!」

「え?」

「ちょっと考えたいから! こ、ここで待ってて!」

 身の置きようのない羞恥に、押しつぶされそうな空気に耐えられず
 私は一旦強引に話を切り、逃げるようにして教室を出る。

 廊下の一角でへたり込み、瞑目して考える。

 宇佐美さんへの好意じゃなかった……
 俺のへの好意だった……

 全く持って予想外で想定外である。
 いや普通こんなの予想出来ないでしょ……おらぁ普通にノンケなんだよ!

 私の打ち立てた予想は全て、大間違い。
 全ては俺の気を惹くための策略だったわけか……。

 しかし彼が並々ならぬ覚悟を決めてきた以上、こちらとしても誠意をもって対応しないといけないのだろう……。うわぁ日ごろからモテたいモテたいとは思っていたが、ベクトルが全くの逆方向過ぎるよぉ。誰か助けて。

 何かケツに詰め物をすべきなのかと、考えていると
 ポケットの中の携帯が振動し、何かが受信したことを伝える。

「……ん? ライン?」

 画面を見れば、ラインのメッセージ受信だった。
 差出人は宇佐美さん。

 『無くしていたキーホルダーですが、改めて探してみたら私のカバンの中にありました。色々とご迷惑をおかけしました』

 おい、そりゃあねえだろ……。

 じゃあなんだ。あのアイム君のカバンについているのは宇佐美さんの探しているキーホルダーとは別の、ただの瓜二つのキーホルダーってことか!?

 これで宇佐美さんルートの、状況証拠は全て打ち砕かれる。
 同時に目を背けたい現実が、明瞭となりのしかかる。

 私は、宇佐美さんには何の落ち度もないことを重々承知しながら
 荒々しい筆致で、彼女にラインを返信する。



 『貴女のお蔭で、私は今とんでもない羽目に合っております。一般人とは違う大人の階段をスキップで駆け上がることになるかもしれません。そうなった場合お婿に行けなくなるので、貴女に責任を取ってもらうことに…………アッー!♂』




【ストーリー考案】
ライオン・みやび
【プロット作成】
みやび
【ピグ出演】
ライオン・みやび・アイム・薫・ししとう・うさみ・ワスタ
【文】
ライオン


thank you bye