オレの青春はやはり中学校の吹奏楽部だ。

入部してトロンボーンを担当して先輩にもいじられ、練習の日々。

1年の時はコンクールにこそ行けなかったが、先輩は金賞を受賞して中国大会に出場した。

2年生になって後輩が出来た。おっとりとした性格の男の子、物静かな女の子。

3年の先輩が中心となってパート練習をした。これがまた厳しかった。

オレは姿勢が悪いと指摘され背中にほうきを横にされて倒れないように演奏した。

そしてとうとう吹奏楽コンクールに出場できた。

場所は米子公会堂、初めてのコンクールに緊張したが金賞を受賞した。

中国大会は出雲であったので、朝早くから起きて学校に行った。

結果は銅賞だった。

3年生が引退に伴い、部長を決めることになった。

オレの兄が部長だったので、そのせいでオレが推薦された。

部長になってしまった。

みんなを仕切らないといけない立場になった。

「総合」といって演奏する機会がいっぱいあった。

先生が来るまで部長が総合を仕切らないといけない。

指揮棒をもって壇上に上がる。

オレがそんな立場か?

3年生になりひたすら練習した。

コンクールは倉吉市であった。

見事金賞受賞し、中国大会の切符を手にした。

ある人が「西村くんのおかげよ」とバスの中で言われたが、とんでもない。

「みなさんのおかげですよ」

中国大会は広島であった。

一泊二日の日程で貸し切りバスで広島に行った。

部長の立場で演奏、しかも課題曲がトロンボーン主役の「ナブッコ序曲」

緊張した。

結果は銅賞だったが、やはり島根県勢が強い。

これでオレの青春は終わった。