毎日誰かと話をする
しない場合も
記憶ってやつのせいで

だれかの言葉や態度や
境遇や
とにかくあらゆる物事を思い出して

分析や
会話が始まる

日常しゃべっていても

自分に好意的な人ばかりじゃないし
過去をみていっても
そんな感じ

よく生きてこれたなって
感心しちゃうけど


時々
人に文句言われたり
恩着せがましい忠告を受けたり

誤解を受けたり
誹謗中傷を受けたりする

それを
自分が至らなくて
ダメだったから
自分に問題があったから

とか
そんな風に

真面目に自分の問題として
扱ってないだろうか?
毎度

そうやって捉えてきていないかな?

もしかして

ただ相手が
自分のことを嫌いで言ったとしたら?

そう感じる相手の

感じかたの問題なんじゃないの?

なんせ
自分がなにしたって
気にくわないんだもん

なにしたって
ダメ出しするだろう
ムカつくだろう

どんだけ素直に
いうこと聞いて
自分の至らなかった問題点を
改善してみたところで

また、ばつつけられるだけ

一歩ひいてみてみよう。

相手の問題じゃないの?

自分がどうこうして解決していく問題かな?


身近な人の悩みや問題に
がっつり
首つっこんじゃって
身動きとれなくなってしまったり

一緒に気苦労してしまったりする

それでしあわせというのならオッケー☆

でも違うなら
相手を信頼して
相手の抱える問題が
相手の力で解決する

大丈夫になるって信じちゃう

こっちの問題だと思っていた手を
離してみる☆

ちゃんと相手がどうにかするから

自分の問題って

実はそんなにない♪

大概が人の問題

その人が問題だと思っている
その意識の問題☆

別の人はまた違う視点で
これが
問題って指摘してくるから♪


子どもに怒ってるとき
お説教しているとき

これは
わたしが
たまたまいらっとしているだけで
なんか
焦りや不安があるだけ

というのも
わかってくる。

子どもに問題ないよ

それは誰の問題なの?

本当にそもそも問題なのかな?