経済的にくるしい話を
よく
目にする人は

自ら
検索して格差だの貧困だの節約だの
生活苦だの

書いてるだけて
テンション落ちる
これらのワードを

拾いあげて
そういうトピックを読んだり
特集記事をみたりしている


自分もリーマンショック
二年くらい前から
ネットカフェ難民という言葉と実態に
ショックを受けて
調べたり
本を読んだりしていた

そのあたりから

経済的な不安が始まったように思う

それまでは
ある意味
ピンときていなかったから


貧困だのは別の国の話だと思っていた

自分にどんどんその手のくるしさを
取り込んでいった

なんだか社会情勢を知ることで
くるしさを抱えている人を
知ることで
何か
自分にできることが
増えるのではないか?

認識が変われば
人をみる目に深みがでて
誰かを助けられるような気がしていた


実際、取り込みを続けていくと

先ほどあげたワードに
親和感というのか
馴染みやすさ、気安さを感じるように
なった

好きに旅行して
楽しんで華やかにいきる人より

節約して借金を返しながら
プチしあわせ満喫してますな人に対して
いいね!
しちゃう感じ

どっかそれはおかしい
自分の願いや
豊かさから遠ざかるなら

その反対の状態を知ることに
取り込みまくることに
何の意味があるのだろう

繰り返し得た情報は
記憶として定着して
自分の思考を片寄らせる

実際動いて救援活動に参加するなら
その情報は
ちからになるだろう

そうじゃないなら

一度
自分の望みを洗い出して

どう生きるか考える

その目印になる情報こそ
取り入れる

憧れを手放さない

これを取り込んで
自分はどうなりたいのか?

何がしたいのか?