T.S.さん捜しブログby nizan -20ページ目

T.S.さん捜しブログby nizan

人生の夢・ロマン・不条理・日常・歌詞などのブログです。別名を「人生の走馬灯ブログ」と名乗りたいと思います。


最初に断りますが、薬物覚醒剤については全く興味ありませんから、以下の文は薬物覚醒剤とは無関係です。

昔、職場内のコミュニティー誌のようなもので、準輪番制だったのでしかたがなく、拙文を発表し、その中で「覚醒」の大切さを訴えたら、職場内でも知能最底辺野郎に、私nizanが薬物覚醒剤の礼賛をしていると誤解され、暗に陽に、イヤミを言われた経験があります。

寺関係が出自のレベルが低い差別思考者で、苗字には「杣(そま)」の文字が入っている奴でした。

どうしてあんな低能が我が職場にいたのか、不思議です。


「覚醒」とは
①眠りからさめること。
②迷いから抜け出ること。

が本来の意味です。


人間は身体的にも精神的にもかなりの能力を「本来は」持っていますが、全力を出し切ると体や精神が破壊されてしまいますので、脳がリミッターとして働き、破壊されるのを防ぐため、本来の能力の数分の一しか発揮出来ないようにプログラムされています。

もし、このリミッターがなく、筋力を100%出したら、体を支えている体組織や骨がそれに耐えきれず、しょっちゅう、骨折や体の分断を起こしてしまいます。

なお、「火事場のバカ力」は、緊急事態に遭遇した脳が、自己の延命のために、特別にこのリミッターを外した状態だと思われます。

だから、このリミッターがないのならば、人間には車一台を持ち上げるような、パワースーツ着用時級の筋力が備わっています。

精神も同様で、リミッターで活動を制限しておかないと、自らの精神活動に耐えきれずに思考が破壊され、とんでもない行動を起こしたり、自己滅亡願望などが生じるようになります。

要は、スーパーな状態ではなく、ほどほどの状態が無難だと言うことです。

それでも、低次元の「豚の幸せ」を謳歌するばかりでは、社会の様々な問題に対処出来ません。

両刃の剣となる危険性はありますが、朧月夜(おぼろつきよ)、春霞(はるがすみ)のような普段の思考を排して、自らの精神存在を賭してでも、物事の本質を見極める作業が必要ではないかと考える今日この頃です。


 リンク