火曜日のネコちゃんが忘れられません
捨てネコ?迷いネコ?
病院でも、Hさんに愚痴るように甘えています
私「あのネコが忘れられないよ
病院に無理矢理連れてきて、Hさんに押しつければ良かった
」
H「こんどネコちゃんを見つけたら、病院に連れてらっしゃい
」
私「こんどじゃ、ダメなんだよ~!!あのネコが気に入っていたんだよ~!!」
H「知らない人に引き取ってもらったんだから、ネコを返して下さい、なんて言えないしね!?」
私「実は、少し面識がある人なんだよ。池の周りのジョギングで、数回、すれ違ったことがある人なんだよ!!だから、近くに住んでみえると思うけど
でも、会えたとしても、返して下さい、なんて失礼なことは言えないよ~
」
犬好きのHさんが無理してくれているのに、構わずまくし立てました
H「ネコちゃんに同情したんだよね!?」
私「同情、共感なんかじゃないよ~
」
H「失礼しました
もっと高次の感情なんだよね!?」
話は少し飛躍しますが、捨て子について。
例えば、江戸時代でも現代でも、捨て子は犯罪でしょうが、江戸時代の場合には、ただ単に目くじらを立て、当事者を罰するのではなく、子供がいない夫婦がそれを見つけたら、引き取り、自分達の子として育て、余力がない人が見つけたら、その情報を子のない夫婦に伝え、捨て子の幸福を図るという社会共助システムがあったような気がします。
厳密に言えば犯罪なのでしょうが、そこにお役人の出番なんかありません
六法全書に首ったげになるのではなく、法の精神を生かした上で、何が人々に幸福をもたらすのかを熟考した、法律の運用が望まれます。
現実社会では、人の有り様(ありよう)は多様ですから、1万人いれば1万通りのケース、バリエーションがあると思います。
その1万通りの処方箋を法律書に書き込むのはもとより不可能なことですから、このために優秀な裁判官が存在し、遠山の金さんのような温情判決もたくさん期待されるとこですが…
ああ、我が国の裁判官はなんと無能な奴等が揃っているのでしょう!!
無能すぎて、独裁国家日本の一構成員でしかありません。