不倫(ふりん)論 | T.S.さん捜しブログby nizan

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人生の夢・ロマン・不条理・日常・歌詞などのブログです。別名を「人生の走馬灯ブログ」と名乗りたいと思います。


不倫は倫理的でないという意味であり、倫理から外れたこと、人の道から外れた行為をすることを意味する言葉です。
現代では、一夫一婦制から逸脱した男女関係の意味で使われています。

この記事でも後者の意味で使うことにします。

日本の現行の刑法に姦通罪はありませんから、不倫で死刑にされたり、懲役刑にされることはありません。

ところが、民法には罰則規定があり、配偶者からの訴え次第では、慰謝料支払いの義務が発生し、財産を失ったり、仕事を失うことがあり得るのです。

私はこの親告罪の存在自体、気に食いません。
意図的に他者を陥れる手段なのです。
「ざまー見ろ」の憂さ晴らしの世界なのです。

法律がこのような、個人的狂信復讐劇に手を貸しているのです。

なかには、何の落ち度もないのに一方的に配偶者に浮気され、経済的基盤を失う方(女性に多いあせる)もみえますから、経済的方策は必要かと思いますが。

でも、それ以上の「ざまー見ろ」措置まで必要でしょうか?

そもそも、配偶者が不倫に走るのは、あなたの責任も大であることが多いのです。
それに目をつむり、「ざまー見ろ」処罰だけ望む。
おかしくないですか?

まったくの脱線ですが、天皇には当てはまりません。
堂々と側室を持つことが出来るのですから。
納税義務もないし、選挙権もない、人でない人なのだから、仕方がないのかも知れません。
ひょっとしたら、刑法も適用されないのかも知れませんあせる


刑法での処罰をなくしてみたものの、民法にしっかり残っている、この不倫に関する処罰。
私はこれを「体制維持装置」だと思っています。
昔、好きになり結婚した夫婦でも、その後、夫婦関係は破綻し、生活費や年金のためにだけ我慢して続けている同居。
なかには、虐待されている方もみえるでしょう。

好きでない人に好きでないと言えて、配偶者以外に恋愛の感情を抱ける自由さを許容すると、国家は転覆されてしまうのでしょう。

あきらめさせて、嫌な配偶者と同居を続けさせるように、国家に対してあきらめの感情を抱いてる者にも、国家の意志に従わせる訳です。
この2つの国民統治策は相似です。
既定路線以外の素晴らしい世界の存在を垣間見させたり、気づかさせたりはいけないのです。

この社会は、がき大将が支配する、勧善懲「悪」の田舎猿芝居劇場なのです。